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杣人yumi

Author:杣人yumi
弓道と楽しく向き合う杣人の弓道ブログ。お気軽にお立ち寄りください。

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審査

先日当地西部地区での審査が行われた。無指定から四段までの審査で春から弓道を始めた中学生・高校生が受けるから結構な人数になる。学生だけでなく一般社会人も受審するから審査の前は道場が真剣な気持ちで満ちてきてそれなりに気持ち良い。
審査は日ごろの成果を見ていただく場所でもちろん受かりたいと思って受けるのだが、練習している人を見ていると受かるためというところに捕らわれてしまい苦労しているように思う。弓道の場合初段と二段は奨励的な要素もありそこそこに形が出来ていると頂けるようだが、三段になるとすこし事情が違ってくる。よく言われるのが一本は中らなくてはというのと弓返りがしなくては通らないという話だ。特に弓返りには苦労するようで審査前になると「弓返りがしないから難しい」と自分から言って意気消沈している人もいる。確かに正しい手の内が出来ていなければ弓返りはしないのだが、手の内の形が出来てたとしても体の中から肩根を通して弓を開かなければ手の内を活かすことはできない。三段は早い人なら一年で受審可能で、経験から言うと弓道を始めてどれほどの人が正しい押し開きとともにある弓手を作ることが出来るかというと皆無といってもいいだろう。もちろん良い指導者と本人の努力があれば不可能とは言えないが、正しい手の内による弓返りは高段者でも難しく三段にはハードルが高いのだ。その結果三段受審を前に弓返りをしたい人が手を開いたり捻ったりして弓返りを見かけ起こるように操作する。指導者はこの時すかさず直さなければならないが、常態化すると悪癖として残る。ここでの問題は射手本人が手を瞬間開いていることに気が付かなかったり弓が落ちるようになってしまいそのために突き上げるなど新たな悪癖を生んでしまうことだ。
私は三段の審査で弓返りを求めるのが悪いとは言わないが、五重十文字がしっかり出来ていて会から離れにいたっても弓手がしっかり利いていればたとえ弓返りが十分でなくても良いと考えている。
練習では弓返りを求めるな弓は自ずと回るなどと指導しながら審査のために弓返りのテクニックを受審者が求めるようにはしたくないのである。審査をきっかけに弓返りの原理を学ぶのは良いし練習も当然だが弓返りにこだわりあまり間違った癖をつけたくないと思う。

さて、審査の受け方についても書いておこう。ある人が久しぶりに審査を受けた。結果は不合格だったが私は受けた事自体を評価したい。人は生活の中で弓を練習している。当然生活の事情や健康問題から受審が出来ないこともある。審査を受けるということは生活を整え体を健康に保って初めて可能な事なのだ。だから審査を受けることが出来るということにまず感謝しそうゆう環境を整える自分を認めてあげる事が大事だ。そう思うと練習も大切に思えてくるし審査も感謝の中丁寧な気持ちで受ける事が出来る。
次にハードルの問題だが、三段の弓返りでみられるように何が出来なければ受からないといったハードルを意識することはよろしくない。弓道で大切なのはどのような状況でも基本を行うことが出来ることであり、そのための技と心の鍛錬である。三段や五段を受ける人も七段や八段を受ける人も弓を引く基本をどれだけ出来るかということでありその修練の度合い深さが気合いとともに射から見られるかということである。ハードルというのはそれが出来れば良いということだが、弓道の審査は出来ることの充実さ深さを見られるのだから何が出来るから受かるとは思わず、基本がどれほど深く射手の身についているかということを意識し練習しなければならない。そう考えてゆくと三段を受ける人が三段を受けるためにこれこれをするといった練習は意味を失う。私は三段を受ける人には四段を受ける気持ちで練習し受審すると良いとアドバイスをする。そうした気構えが出来ると審査を受ける気持ちはずっと楽になる。

最後に学科について書こう。平成27年度から地方審査と連合審査の学科問題が公表されるようになった。公正、公平性を担保するためという事だが良いことだと思う。学科審査は知識見識をみるためのものでもちろん試験なのだが、私は弓を練習してゆくうえで必要なことを整理して学ぶいい機会だと思っている。学科試験の問題という形をとり全弓連がここがポイントだよと教えてくれているようなものだと考えると問題にも親しみが出る。実際「基本の動作」については初段、二段、三段、四段と出題されている。何回も繰り返すことで大切さを受審者に学ばせようという意図があるのだろう。学科も射技と同様ハードルではなく習熟度が求められている証だ。
私はiphoneに中央審査の学科問題を入れて読み返しているが、今回地方審査連合審査の学科問題も入れるようにした。一緒に練習している仲間が勉強しているのを見て、果たして自分がすぐ答えられるだろうかと思ったからだ。学科問題も射技と同様習熟度が求められるなら、それは合格したから終りという事ではなく、折に触れ理解を深めてゆくものだと思う。一夜漬けの暗記やカンニングでその場しのぎをするのでは決してないし、何回も教本を読み直しているうちに理解は射技と一体となってゆくのだろうと思う。
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コメント

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残念です

ブログを読んで思わず羨ましく思い、その反動で愚痴を聞いて頂きたいと思いました。私は今年の春にいわゆる初心者教室に入って弓道を初めて、実は今は辞めた者です。 弓道はとてもすばらしく人生の中で続けたいと思っていましたが、他のスポーツ(と言っては何ですが)と異なり弓道界は、閉鎖的で、所属する組織により個人の自由がない理不尽な世界です。弓道には有料教室はなく、住居のある組織に加盟して、無料に教授を受けるため、人間関係が歪んでいます。所属する組織に適応しなければなりません。 成人の弓道は学生弓道と異なり礼に始まって礼に終わるのが弓道教本の教えですが、組織そのものに礼がなく、指導者の好き嫌いで個人の尊厳は軽視されます。結果、私は組織を退会して、それは自動的に弓道を辞める事になりました。全く残念でなりません。愚痴で申し訳あり