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杣人yumi

Author:杣人yumi
弓道と楽しく向き合う杣人の弓道ブログ。お気軽にお立ち寄りください。

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狙わない練習 続

先日から狙わない練習を続けているがやはりなかなか難しいものである。巻き藁でその日の練習のテーマを心に思い描きながら20分ほど練習し、その後的前練習に移る。最初は座射、入場から体配をつけて一手を行うようにしているが、これだって呼吸の確認などをしていると頭の中が思考でいっぱいになる。そして立射での的前練習になるが、課題を意識しながら練習をしていると次第に中りがついてくる。すると課題を意識しながらも中ることを欲するようになる。試合のときのように“中てるぞ”とか“中れ”と思って離すわけではないが、“こうすれば中るだろう”とか“中って欲しい”という気持ちがあって、中るように引いている自分がいる事が分かる。狙いを直したり弓手の手の内を操作してみたりと忙しい事をしている。

先日先生の許しを得て、一緒に練習している人の形を直した。すぐ矢は的に向かってまっすぐ飛ぶようになり、小柄な女性で弱い弓なので、別の人が狙いをすこし上げるように言うと、矢は的の中心近くに中った。私は直すべきところを伝えると付きっ切りにはならず、本人の練習に任せるようにしている。女性は私が指摘したところは意識して練習をし、矢飛びも中りもすこしづつ良くなっていった。しかし、しばらくすると射が形だけになっているのが分かった。直すべきところを指摘した当初は一生懸命直そうとするので、射に気持ちが入る。しかし修正が上手くいくと今度は同じ事が出来るようにしようとし中りを判断の尺度にし、結果中りを意識するようになり、射が形だけの止まったものになってしまうのだろう。

私は女性に「中りは結果であり、的のその先まで飛ばすことをやろう」と伝えた。周りにいた人に「哲学的だな」と笑う人もいたが、私は決して哲学や禅問答をするつもりはない。もちろん的がある以上それは中るためにある。だが、中れば良いという事ではなく、中りの内容が問われる。的に中ってそれで良いならそれは終わった射、終わった矢ということだろう。私は活きた矢が的に中り、さらに活きていることを求めている。中りのその先にあるものは何だろう。自分から離れて飛んで行った矢がどこまで飛んでゆくのか見てみたいと思う。

人にそうゆう指導をつける以上自分もやらなければ口先だけの人間になってしまう。自分の練習で、会でしっかり納めたら中てることも離れることも考えず、両肩根を左右に開き続け弓手をひたすらまっすぐ押していった。そのとき私は的を狙っていなかった。ぼんやりと的は見えているが的は重要ではなくなっていた。そして矢は離れ的に中った。

いつも上手く出来る訳ではない。それでも的を狙うのではなくまっすぐ押し開いて離れがおきた時に感じる何かを探して練習を重ねてゆきたいと思うし、そうゆう練習に私を向かわせてくれる道場の仲間に感謝したい。


追記)
審査を受けるとき、私たちは適当には引かない。“このぐらい引けば的に中る”とか“こう引けば綺麗に離れる”などと余計なことは考えないで一生懸命に行射する。中には練習を思い出しながら引く人もいるかも知れない。緊張してどう引いたのか分からないという人もいるかも知れない。だが大抵の人は、精一杯の射をしようと集中し一生懸命に引く。
練習ではどうだろう。色々と注意点を確認しながら引き矢数をかけ反復練習をして体に覚えこませようとする。もちろんこれは大事なことだ。だが、ある程度その日の練習が積み上がってきたら、一生懸命になる練習をしてみることも大事だ。一生懸命になることに集中すると技術的なことは頭から離れ、仕舞いには自分自身の姿も薄くなる。この一生懸命に集中する練習こそが私たちに弓道の何かを教えてくれるのではないだろうか。


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コメント

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同感です 矢所のみを基準とした修正は射癖の矯正という本質から離れていく傾向にあると考えます 本文のように、射癖があるから6時に飛ぶ→狙いを上げる→射癖は治らないが中白に中る(当てる) などよく見受けられます 的枠内に矢が飛ぶことはもちろん重要ですが、それのみでは真善美・飛貫中・中貫久といった概念から解離し、人の感動を呼ぶ射はできないように思います

へむ様、コメント有難うございます。
正射正中と言いますが、悪癖を排し基本を徹底的に体に覚えこませることは大事ですね。
下手に中りを持っている人より的に中らずとも先生の教えを繰り返して練習している人の方がある日急激に上手になることがあるように思います。
私自身感動を呼ぶ射など出来ませんが弓の基本は何かを考えながら練習したいと思っています。