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杣人yumi

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弓道と楽しく向き合う杣人の弓道ブログ。お気軽にお立ち寄りください。

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『射道芸術の探修』 武市義雄

『射道芸術の探修』武市義雄著を図書館から借りて読んだのでその感想を記しておこうと思う。この本は1979年に初版が、2001年に新装版が出版されているが、まだ入手していなかった。先日審査論文の「射品」について参考にしようと思い読んだのだが、内容がとても深いので何回も読み返している。そこで今回は本書の要旨を記して備忘録とする。

本書は著者がご自身の弓道を研鑽されるなかで得た要点や出会った資料を省察し著者自身の「射道哲学」を組み立てたもので特に射法よりも心法に重きを置いたものである。その意味において弓道初心者が読んでも果たして理解が十分に出来るかどうか難しいところがあるだろう。だが弓道の奥深く幅広い教えの一端でも知ることが出来るという意味で弓道に志す者は是非とも読んで欲しい本であり現代弓道の指針となる書であると信じる。

以下本文を参考にし一部写す形で要約してゆく。その一つ一つに引用であることを記さない。

現代の日本弓道は古来伝承の源流に根を持っているが、昔のままの受け取り姿勢であってはならない。現代弓道は射行、射技、体配等の修練の外、射品、射風、気迫、礼威の感覚、重厚性など身心を挙げての修行と「芸ごと」一切を総合した、美学的に高雅な芸術である。この身心を挙げて修練する姿勢を「修行」と観るがこれこそ「射道芸術の探修」である。弓歴を積むことでおのずと向上する技術よりも少しでも自分を伸ばそう高めようとする向上心が人間性を造り向上させることになりそこに弓道を習う本質がある。

「弓を習うということは自分の人間を創り直そうとする修行ごとだ」

将棋や囲碁に定石があるように弓道にも定法弓理がありこれを「射学」という。現代の弓道は昔の射法から相当に変遷してきているが根源的道理、心気の配り方、心得など心法の数々は哲学が含まれていて現代人も学ばなければならない。現代人の知性、科学の知識を加えて射学哲学を拡充させることを「新射学」と呼ぶ。

「人、学ばざればすなわち暗し」

射技、体配等修行の基底は「心法」の立て方が重要で、昔から修技の根幹は「心の姿勢」にありと言われてきた。初心の間は「学ぶ」(まねぶ)「見習う」「模倣する」でも良いが中級以上となればそれではいけない。
心法の基本を挙げると。
①「礼の心に徹する」という心構えに終始する。②「自律」「自制」「自敬」「自励」「自師」の心を定める。③「理」を重んじ、「理」に順う心構え。道理に外れて射芸とはならない。④「観法」を自らの心によって定めること。一心に悟道を思い念づる法を言う。⑤「無心」「夢想」の射境を拓く、自己との闘いに打勝つ心の構えを練る心法。

「弓道というのは、弓矢という道具を使って自分の人間を形成して行く悟道であり、学道である」

射芸の修行(修業ではない)は「心の姿勢」にかかってくる。ここでいう芸とは単に修練によって得た技術とかわざと言う意味ではなく、射業の芸術、「射という業(わざ)ごとの芸術的表現」を意味するものである。つき詰て言えば「射という技巧方式による美の創作表現」の意をもつ言葉である。

射芸修行の実際。その理念に基づき実技演習の場にあってはどうあるべきかを見る。まず、基本的な「心の姿勢」の在り方であるが、何の意識も加えずに心と体に躾込め、融け込ませなければならない。つまり「造って芸をする」というのではなく、演者の「人間」「人格」の表れとして自然に顕れ出るものが本当の「芸」であるとの観方に立って、自らを創って行く心根であらねばならない。そして演者自身で気づかぬところは、師事する人とか気を許し合った同志の者に見て貰って、その指摘を貰うというような謙虚な心を持たねばならない。
この姿勢に立って配慮すべきことは①「起居、立居振舞に一切の無駄を省き去る」②心気の「張り」を始終失わないという「習い」を身につける。③始終、気品ある動作に留意し「気韻生動」の心を失わぬこと。「姿勢端正」に保つことが大事である。④射道は武道であり、武であるからには、「逞しさ」「鋭さ」技の「冴え」切れ味の「小気味良さ」が生命となる。⑤見せんとする虚飾、作りごとを極度に嫌う。⑥「後見の見」という心を忘れてはならない。この言葉は世阿弥の訓える言葉だが、自分の後姿を見ている観衆の目に自分の目をうつして、自己を凝視することを言う。自分の射行姿をこの心眼で見詰める心を失ってはならない。⑦稽古の場に於いても機を求めて道場周辺を掃き清め衣類を着替え心気一新して演習し、心身を鳴らして置くことが切要である。

「射芸」が射の技であることは当然だが、「芸」という言葉を持ち得るには「美と理を実地に現わす手段」との謂が含まれる。真の意味で「人間の芸」とは心の作用を伴い「理に合った美意識を表現する手段」である。こうした考えに立って射芸の修練をするには一連の動作に心の作用(はらたき)が主体となっていることが必要で、心の裏付けのない芸の修練は真似事に過ぎない。模倣は「他人のもの」を真似ることであり、自分の「芸」にはならない。


『射道芸術の探修』では、射法や体配などの修練とともに心の育成が大切である事を重ねて説いている。しかも審査課題論文に私が試論を書いた「無発の発」と「射品射格」のテーマについてもかなり詳しく書かれている。ところが筆者は本書の終盤で「これはどうやら独りよがりの思い過ぎのようで、発展途上の生の弓人方には、道場稽古の合間などでは話しても通ぜぬ繰り言に過ぎぬのではあるまいかと、切に感じた」と書かれている。一見私はおやっっと感じ、これまで見識の深い教えを説きながらどうしたことだろうと思う。
しかし、これこそが著者の弓人に対する最大の示唆なのではないかと私は感じる。私たちは弓道の世界に接する縁を持った。技術を学び昇段試験に臨み経験とともに段位も次第に上がってゆく。技能の優秀な者は国体や各種全国大会などにも出場し名を知られるようにもなる。それは喜びであり楽しい事であるに違いない。
しかしながら、弓道に悟道の道があることに気が付き、それを求めようという自らの発心が起こらなければ誰が何を教えようとも学びの道を歩き出す事は出来ない。かろうじて道のあることを知っても発心の無い人も多い。発心がどのようにして生まれるのか、これを私は言えない。ただ、己の姿を見て深い反省を思い、もがき苦しむ中で藁をもつかむ思いで祈るとき発心の種が見えてくるように私は思っている。

今回この備忘録を記すにあたって『射道芸術の探修』を再度読み返した。とはいえ本書の骨格をつかむためにキーワードとなる言葉を探しながら急ぎ足で読んだに過ぎない。そこで目次によって私の興味のある処を示しておくと、「「離れ」の妙境と活箭の味」、「弓哲弓言注解」これは安澤平次郎範士の『射道精神抜萃』からの注釈。「無発の発」に関する部分では大和流開祖森川香山の「無発の射」「無矢の発射」や「無影心月射義」を編んだ梅路見鸞老師、そして阿波研造から安澤平次郎範士への流れを提している。他にも「先賢の遺墨に想う」「「射行隙なきこと」の意義」「射品の錬成策」「気迫の錬成について」など興味のつきない見出しが並ぶ。こうゆう本は手元に置いていつでも読めるようにしたい。

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テーマ : 弓道
ジャンル : スポーツ

弓道大会(隣の兄弟)

今日は隣の市の弓道大会に参加してきました。
朝、カーナビをつけて出発すると30分かからないで着くようです。思わず、えぇっ近い!とびっくり。いつも練習に行く所属道場は40分、もう一つの市の道場も30分程かかっていますから隣の市ですが近いところだったのです。そのくらい私の住む土地は弓道が盛んと言えるのでしょう。何せ徳川家康が農民にも弓を持つことを許した土地です。

その近いお隣さんへ国道一号線を走って向かいます。運動公園にあるとても使い易い弓道場は係りの方が立って駐車場への誘導を行ってくれますし、道場には大きな仮設テントが張られて休憩所が設営されています。公園の木々の下に椅子を出したりピクニックシートをしいている弓友さんたちもいます。私もお仲間さんを見つけて一緒に荷物を置かせてもらいます。
時間になって開会式、矢渡しをして試合開始。160人以上の参加で中学生、高校生の立の後私は早い組でのスタートです。

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今日の私の結果。
○○○○ ×○○○ ○○○○  11/12  単独優勝です。

一立目、射居に進み胴造りをし頭の中で「練習通り」と唱えます。昨日三時間ほど練習しのと同じように引くことを心がけます。一本目は星近く。二本目は二時の縁近くでカチンと音もしました。心の中で中りはしたが失敗したと思いつつ貰ったと感じます。三本目四本目も中りますが内容はあまりよくありません。

一立目が終わり11時頃になるとお弁当が到着しました。朝も早かったし皆で広げると混み合います。次の立の前にお腹も落ち着かせたいので早弁をすることにしましょう。
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二立目、Y女史さんに二回目も頑張ってと声をかけていただき私もそのつもりで射場に入ります。一立目の矢処が散らばっていたので引き分けに注意をし丁寧な射を心がけます。ところが一本目は二時の的縁に外れました。会が少し短く狙いが付いてから納めて伸び合うところが十分ではなかったのです。もう外せないと気持ちを入れた二本目は同じ二時で中ります。どうやら狙いが少し前のようです。お昼ご飯を食べた後で体のバランスが少し変わったのかもしれません。狙いに注意をします。三本目は十二時、四本目は星近くで中ります。せっかくY女史さんに応援してもらったのにとちょっと残念。強豪が多い大会ですから一本が重要です。

三立目、二立目から同時打ち起こしでマイペースで引いています。練習通りと心の中で唱えて気持ちを整えます。一本目は星に、二本目はその右下、三本目も同じところと中ります。四本目は外すことは出来ないと心に浮かんで来ますので弓倒しの後そのままの姿勢で呼吸を整え直します。前の方は射終わって退場しようとしていますが、自分のリズムを確認し練習通りのゆっくりした打ち起こし。引き分けを丁寧にしてでも心の中で中てるぞと思っている自分が居ます。七時に中ります。

私は立順が早かったので後はお仲間さんの活躍を見守るばかりです。二立目までで八射皆中の方はいませんが七中の方が何人かいます。競射もありますから弓をかたずけることなく、皆さんの射を見守っていると道場の方が「優勝決まったから納射の準備をしておいて」と言います。
試合が終わり順位を決める遠近競射になります。30位まで決めますから道場の中は賑やかですが係りの人が手際よく進めています。その中私は準備をし、三位になった方と介添えの確認をします。
納射は衆目の中緊張しないように動作を確認しながら行います。あまり上手ではないのは自分が良く知っていますから不作法にならないように注意します。甲矢は離れを失敗し的縁12時にのせました。乙矢は外すわけにはいかないので引き分けを大きくし詰め合いをきつくします。先生も見ていらっしゃいますから思い切っていきます。星の上中りました。ほっとします。

閉会式で優勝カップと賞品、先生の講評を頂いてお仕舞。
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今日の弓道大会は私には嬉しい試合となりました。こちらの支部のY先生は私が所属する道場に以前いた方でS先生を深く敬愛されています。私が当地に来た時から親しく声をかけていただきましたが私が東京で引いていた道場にも行かれたことがあったと話をされ私は大変嬉しく思ったものでした。そうゆう縁から私はY先生のいらっしゃるこの支部に親しみを持っているのです。S先生もそのような事情で大会にお越しになり優射賞などを選んだり楽しそうに射会を見守ってくださるのでしょう。
親しみ深い支部の弓道大会で優勝できたことに喜びを感じます。

支部の皆さん、一緒に大会を楽しんだ弓友さん、有難うございました。

テーマ : 弓道
ジャンル : スポーツ

弓道大会(ホームグラウンド)

今日は私が所属する支部主催の弓道大会。昨日はその準備で朝8時半には道場に入り垜の整備や生垣の剪定、テントの設営など肉体労働を行った。でも支部長はじめメンバーの何人かは出席者の確認や景品の準備、お弁当やお菓子に参加賞の用意など何日も前から準備をしている。我支部の呼び物は毎年参加賞として出される釜揚げしらすと海苔だが、もっと大切なのは先生に会えるという事。当地近隣の弓人にとっては先生のいらっしゃる道場で弓を引くというのはかけがえのない事。今年も先生は出場者に名をのせておられたのだが、今朝引かれないことになった。90歳を越えた先生だから暑い日に無理をされないのが大事だが、先生は審査員席から一人ひとりをしっかり見てくださる。

朝7時半に道場に着いた私は的前の準備をしながら弓友さんたちの到着を待つ。受付の女性陣は名簿を見ながら会費の準備などもしている。
今日の私のテーマは先週の大会同様に練習通りの射が出来るかどうかだ。

開会式を行い係りの者はそれぞれの持ち場につき試合が始まる。私は的前担当だが、慣れた弓友さんが何人もいるので全く心配がない。

今日の私の結果。
○×○○ ×○○○ ×○○×  8/12  遠近競射を行い ○ 15位だった。

一立目は、一本目を9時に中てるがまだ体にしっかり納まっていなく不安が残る。確り狙って中った訳ではなかった。その不安が二本目の離れに出てしまった。三本目四本目はしっかり会で納め延び合うことを意識して良かったがまだまだ調子が出ていない。
二立目は、一立目の反省をもとに開きながら会にしっかり納めるように引き分けたがもう一つ納まる前に出て2時に外れた。そこで反省して納めを意識して離れを考え残り三本を中てる。
三立目は、皆中を狙う。ところが一本目が狙い過ぎて6時にカチンと外れた。これで二桁の的中は無くなったと思うとちょっと集中力が切れてしまった。それでも気持ちは中りを求めているから星近くに二本中てる。三本目は今日一番の離れだ。しかし四本目は今のを出そうと思ってしまい逆に離れが手先になってしまった。全く根性なしの不甲斐ない射だった。

それでもかろうじて遠近競射に残った。黒板を見ると12射皆中した2人から9中までで14人いる。私のいる8中も7人いる。前回の大会もそうだが私は遠近競射がちょっと得意だ。今回も星が空いていたので狙いをつけたら星の下に中った。もうお遊びだとガッツポーズ。

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15位の景品は台所洗剤。好きな弓を引かせてもらっているのだから家庭で使える景品は嬉しい。

今日の大会、私の自己評価は65点。前回が80点とすればかなり低い。一番の欠点は心のコントロールが出来ていない事だ。どのような状況にあっても澄ましが出来て普段練習で気を付けているポイントを確認し実行できないといけない。すこし慌ただしいからといって下手をうつようではまだまだ実力が伴っていないということだろう。

さて、今日の大会の最大の見どころは12射皆中の女性二人による射詰競射だった。一人はK女史で彼女もホームグラウンドだから朝から忙しく動き回っている。(だから私も言い訳は出来ない)もう一人はK女史の後輩のSさん。彼女も学生時代から全国大会で優秀な成績を納めている。霞的では中るのは当然と射詰競射はいきなり八寸的でやることに。ところが二人とも八寸的でも外さない。途中一度だけSさんが外し観客はK女史の優勝かと思ったがK女史も外した。その後はまた的中が連続し・・・。何回引いたかわかなくなるくらい。最後はK女史が外してSさんの優勝。時間もかかる射詰競射に遠近競射に変えてはという気持ちを持った人もいたかも知れないが、射詰をやり通した進行の判断も評価したい。おかげで参加者一同感心の射を見ることが出来た。

もう一つは先生の講話。大会終了時、各入賞者の発表を行ったがその中で先生が特別賞をOさんに差し上げた。その理由は会で14秒持ったからだと言う。そして先生の経験談が紹介された。まだ二十六歳の頃だそうだ。京都の大会に出場したが中らない。それなら会で持てるだけもってみようと頑張ったところズバッと二本中った。審査員の評価も高く称号を持たない六段だった先生は当時の京都大会の決まり事で七段に昇段させるという事になった。しかし安澤平次郎範士が諸先輩を差し置いて平六段が七段を頂戴するのはいかがなものか私の預かりとすると言い七段は取りやめとなり代わりに賞品をいただいたという。先生はこの京都大会の思い出を非常に大切に考えていてこれが先生が全国で活躍する切っ掛けになった出来事だったという。

この話は私たちは何回も聞かされている話なのだが、今日の要点は次の所にある。先生はよく会で頑張れと言う。頑張れと言われても何を頑張れば良いのかわからない。私も時々練習の時に先生に言われるが良くわからない。しかし先生は会で持っていればもっと柔らかく引こう、もっとこう納めてみようと色々なことが出来る。だから今日のような地域の競技射会で思う存分試してみろと言うのだ。なるほど練習通りに引ける事を意識して私も射会に臨んでいるが先生の話はさらに一歩進んで射会を利用して試してみろというのだ。私のは練習通り引いて中れば良かったという話だが、先生のは中り外れを超えた話だ。
先生の弓道の大きさはここにある。いつも中りを大事にしていて射会なんだから中ててこいと言うがその根底では中りを超えた気持ちの大切さを私たちに示し自分でやりたいようにやってみろと教える。私たちはそうゆう先生を慕って集まるのだ。

こうして素晴らしい射詰競射と先生の講話を頂いて今日の大会は無事終了した。
お越しいただいた皆さんに深く感謝したい。


おまけの話。
実は今日の射会で秘めた思いが一つあった。先週の大会で私と同中で遠近競射をしたTさん。きっと今回も皆中を目指してやってくるだろうと思っていた。実際一立目、二立目と皆中で来た。三立目は残念ながら皆中にはならなかったが、そうやって闘志を燃やしてくる弓友さんの胸を借りて競うというのも大変に楽しい。今日の私は二本も負けてしまったが射会で知り合った人をこっそり相手にして競うのは楽しいものだ。次回どこかの射会でまたこっそり競ってみよう。

おまけの話2
射会が終わり帰りがけいつも県大会などでお世話になっている道場の方から声をかけられた。私のこのブログを見ているというのだ。まぁ匿名で書いているけど射会や審査の事を書いているから色々突き合わせてゆけば分かる人には分かる。ブログを読んでいただけるのは正直なところ嬉しい。ただ何時も反省の弁ばかりであることと、こんな理解の低いところでと思い返す事が多いのが実情だからどうか慰みものと笑っていただける程度にお付き合いいただきたい。
でも読んでいただけるのは本当に嬉しいし、ご批判など頂けたならさらに嬉しい。有難うございます。

ではまた。次回の射会で。


テーマ : 弓道
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久しぶりの弓道大会

選手権予選会での失敗。京都大会での反省と練習で上手くいっている割には本番の大事なところで結果が出せず悔しい思いを持っていた。京都大会の後連休は毎日練習したが、その後は仕事で練習は出来ず、金曜日に少し練習しただけ。
そして今日、地域支部主催の弓道大会に参加してきた。

当地近郊では各支部が主催する弓道大会が盛んで、これからの時季あちらこちらで弓道大会が開催される。参加するメンバーも普段練習や講習会でご一緒する顔見知りばかりだが、大会となるとやはり勝負事なので少し気合も変わってくる。今日の大会は中学生・高校生も参加する一方、国体選手や全国大会で名を知られた選手もいるので参加者に真剣な気持ちが見える。

私はここ数年家の事情と自分の練習のため地域支部の射会にはほとんど参加出来なかった。しかし先に言った大事な予選会・大会で結果が出せなかった理由に競技会に慣れていなかったという反省があるので、以前のようにまた支部大会への参加によって大勢の人の中でも確実に中る技術・心の状態を身に付けようと今年は積極的に射会に参加し勉強しようと思う。
先日道場でK女史と話をした。彼女は実業団、国体他全国レベルの大会で広く名を知られた実力者だ。いわば競技射会のベテランである。その彼女に先日の京都大会で私が演武を通過しながらも競射になると心がぐらぐら震えて射にならなかった事を話しアドバイスを求めた。K女子曰く、他の人は自分を見ていない(見られていると思うな)、揺れていると感じても見た目には揺れていない(外形的)、場馴れすることも大事だ。そして射位に立ったらやるべきことをやるだけだ。そんな話をいただいた。
なるほど練習では自分のペースで引けるのだから射会でも同じような気持ちで引けばなんの問題もないのだ。
そこで、今日の射会では練習と同じような気持ちで引こうと心がけることにした。

結果は
○○○○ ○○○× ○○○○  11/12    同中の方と遠近競射 ○ 二位

一立目 練習と同じようにと胴造りから足の締め、腰の位置などを確認して引く。少し離れが硬く矢処が散らばっている。中りはしているが内容は良くない。
二立目 心の中で皆中を目指して(練習なら出来ているのだから)と思う。大三の張りと引き分けの力の抜けかげんを意識し狙いも意識する。狙いを意識したのは射会での中りを求める心だ。三本まで星近くにまとまり気持ちよく中る。ところが四本目は六時に外れた。同じように引いたのだが心に緩みがあったのだろう。物理的には中って良い射だが心の隙が外れにつながる。

お昼ご飯を食べ弓仲間さんと話をする。その中でもK女史の話が出て「会では勇気が必要だ」と彼女が言っていたのに感心したという。弓友さんがK女史の言葉をどう受け止めたのかは置くが、確かにK女史は以前私との話の中で「中ると思って離してはいない。中らないのではないかと不安でいっぱいだ。」と言っていたことがあった。その不安を押さえて何時も上位入賞や優勝を遂げているのだから確かに勇気があっての射なのだろう。
弓友さんはもう一つ面白い話をする。息子さんが結婚する事になり、結婚式の事や息子さんの事を思うと涙が止まらないほど感情が込み上げてくる。それが何回も繰り返したので本番の結婚式では泣かないようになっていた。イメージで場馴れしたというのだ。
K女史は良く練習をする。矢数を多く引けなくとも必ず自分のペースで練習をする。そうすることで弓を引く自分のイメージを積み重ねているのだろ。K女史が言う「場馴れする事も大事だ」という言葉には試合に出ることだけではなく沢山の練習で弓を引く自分をイメージが出来本番でもそのイメージをもって臨むという意味もあるのかも知れない。

そんな会話をしながらお昼を終える。試合ではお昼ご飯で体の様子が変わることがままある。お昼ご飯を食べたら調子が狂ったなどというのは言い訳によく聞く。私も出されたお弁当はしっかり食べる方なので気を付ける。

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こんな立派なお弁当なのだ。

三立目 二立目と同じように引き分けに注意しながら引きしっかり会に納めて狙いを確認して延び合い離れる。そう心がけるがやはり立つ前は不安がよぎる。中らないのではないか崩れるのではないかそんな考えが頭に浮かぶ。それを練習通りという考えで払拭する。結果は星近くにまとまり皆中。

後は午前中八射皆中しているMさんが三立目でどうなるか。やはり気になるので畳に座り観戦すると三立目も階中した。これでMさんの単独優勝が決まる。
次ぎは私と同中の人がいるかどうかが気になる処だが、一人いる。

遠近競射は私はあまり不安が無い。的に中てるだけだし競射と違って相手次第の要素が強い。幸い今日の射は狙いが利いていて星近くに集まっているから同じように引けばよいと勝算をもって射位に立った。結果は星の下に中る。

終わって久しぶりの支部大会での成果に満足。良い勉強になった。同時に地域の弓仲間さんたちと挨拶も出来たことがうれしい。やはり弓は一人で引くものではなく仲間と引くものだと改めて思った。

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閉会式で賞状と景品をいただいた。家に帰って早速開けるとなんとアイスクリームメーカー。前から欲しかった。冷凍庫であらかじめ冷やさないといけないから今の我が家ではすぐに使えないが、もうすぐ我が家には冷凍庫も来る予定だからアイスクリームメーカーも余裕を持って活躍するだろう。

弓の練習と嬉しい景品。そして仲間との交流と地域の射会は良いことが沢山ある。
主催支部に感謝。

ではまた。

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ジャンル : スポーツ

京都大会

五月二日、何年かぶりで京都大会に出かけた。
道場で先生に「申し込んだか。」と言われたのがきっかけだったが、練習をするうちに少しは良い成績が出せるのではと自分でも期待をするようになっていた。
尺二の霞的はほぼ外さないようになっている。決勝に進んだ場合を想定して八寸の的も自分で作り練習してみたが思っていた以上に中るし、外れても的付近にあり、狙いが合っていることを実感した。

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大会では受付をし開会式に出て矢渡しを拝見する。範士の先生方の演武は拝見したかったが人が多いので失礼し午前中をお散歩で過ごす。

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京都は祇園の文化お茶屋さんの伝統があるから仕出しが美味しい。デパートの地下に足を伸ばすと彩の豊かなお弁当がたくさんあって目移りする。大会前なので小ぶりのお弁当を求めていただく。デザートにはふたばの豆大福をちゃんと買って別な意味でも気合いが入っている。

食事を済ませ身支度をして会場の三階に上がるとすでに呼び出しがかかっていて第五控えが並んでいた。顔見知りに挨拶をしながら並び、出番を待つ。
会場の第三控えに進むと、弓具の確認をするから弓矢を持ったまま待つようにと言われる。弦巻き替え弓の確認と同時に係の人が一人一人に矢羽の確認をし、該当する羽の矢の人にはトレサビリティーを携行するようにと念をおしている。その場で見せろということではないが、意識づけの意味だろう。中には自分の矢羽が何か分からないと言う人もいるがとがめられる訳ではない。私は事前に承知していたので該当しない羽の矢を持っていった。これからは自分の好みの矢羽は道場で使い、審査や大会などではそれように矢を用意するのが良いと感じる。

さて本番。大前になったので競技の間合いを確認する。入場は二番の乙矢の弦音をしてからと書いてあるのでそうしようと思ったら、前の会場の選手が入場したのに続くようにと促された。
射位に進み行射する。甲矢はカンと乾いた音がして中ったのがわかるがどこに中ったかは見えない。音からして的縁に近いと思い、乙矢の狙いを意識し星上に中てる。二本中ったから予選は通過だ。
ところが見てくれていたパートナーさんに射形が悪いと指摘され、ビデオで確認すると離れが乱れている。これでは練習のように出来ていないとすっかり残念に思う。

しばらくすると予選通過者の2回目の立ちが呼ばれる。私のところで10人、そのあとに10人が続くが思ったほど多くはないようだ。進行に従い矢一本を持って再度射場に入り、行射をする。気持ちとしては気楽に中てるつもりでいたが、結果は11時に外した。胴造りの段階で気持ちにざわつきが起きて落ち着かない。引き分けてきても体に納まらず、狙いが定まらない。全く射になっていない。
終わってから練習のように引こうと思えばよかったと反省するが後の祭りだ。せめて八寸的まで進みたかった。平常心の難しいことをまた改めて思い知らされた大会だった。
地元に戻れば地域の支部の大会が毎週のようにある。今度はそれに参加し試合でも練習通りに引けるように心の訓練をしよう。

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今回泊まった宿の近くにこんな居酒屋を見つけた。ドアノブはバットになっているので野球好きの方の店なのだろう。入り口には坂本龍馬の妻の実家がこの辺りにあったと石柱がある。京都を歩くといたるところにこうゆう案内があって飽きることがない。観光も食事も楽しい京都。私はいつ来ても好きなのだがこの五月は本当に過ごしやすく良い季節だ。
そんな京都に来年もまた来ることを心に誓い反省の報告としよう。