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杣人yumi

Author:杣人yumi
弓道と楽しく向き合う杣人の弓道ブログ。お気軽にお立ち寄りください。

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至福の練習

土曜日、地区の射礼研修会に出かけ弓友と練習をしてきた。いつもの一的射礼、持的射礼の研修に加え今回は失の処理の仕方の研修と立射での体配なども行い大変楽しかった。射礼の研修や失の処理というのは頭ではわかっているつもりでもいざ人と合わせてみるといくつもの注意ポイントが明らかになる。それをノートにメモしたり心に留めたりしていく。決まったことを正しく行うと同時に状況に応じて臨機応変に行うことが出来る能力も求められる。二次審査など初めての受審者同士が短い時間で意を合わせながら行う場合もあるので基本をしっかり出来るだけではなく自信をもって対応出来るよう体に習い覚えこませていることが大事だ。こうゆう研修はやっていて楽しい。

土曜日は雨で冬の着物を着ていても寒かった。そこで日曜日の練習では持っている紋付を二着、袴を三着持参しどの組み合わせが良いか試しながら体配の練習をした。体配が楽にできる着物を決め今シーズンはこれでいこうと決めた。体配をきちんとやるためには体に合った着物であることも大事なのだ。

練習をしていると先生がいらした。私が着物姿で座射をしているのを見て、先日の先生方の集まりで五人立ちの落ちを務め座っているのが大変だったと笑っている。91歳の先生なのだから仕方のない話だ。昔ある先生が「弓道は辛抱の武道だ」なんて笑っていたのを思い出す。そんな話をしながらも先生が私を見ている視線を感じる。私も心して引いている。
最初の一手、先生は「会に入ったら勝手は動かすな」と注意があった。まだ体が硬く引き分けに少し力が残っていたので会でカケのぬけ具合を探っていたのをしっかりと見られていたのだった。
次の射では絶対カケの形を変えるものかと引き分けに注意しながら骨の納まりを整えた。肩甲骨をしっかりと納め伸び合う。
先生に見て頂いているのだから精一杯の射をしそれでようやく評価していただけるレベルだ。時々どうだろなといった具合に首を傾げたりうなずいたりしながら見てくださる先生。ご自分のカケを仕舞ってもまだ見てくださっている。
つつつっと私の引いているところに来て「肘をもう少し張り上げろ」と勝手肘に軽くふれる。もともと張り上げる大三だったがある方の指摘で緩くしていたのだったが、先生は肩が上がってもいいから張り上げろとおっしゃる。
張り上げてもカケは抜けていなければならない。引き分けの方向も張り上げたところからどう納めるのか・・・。会に納め呼吸に気を付け伸び合うと離れて矢は的に吸い込まれる。
先生はそれぐらいで良いだろうという顔をしている。私も先生の指摘に応えられたのが嬉しい。

思えば長いスランプがあって本来の自分の射が出来ないでいた。弓とは言えない無様な射で恥ずかしく悔しい時間があった。今ようやく克服し、成長させるところにたどり着いた。ようやく自分の射が戻ってきたと思っている。先生に見て頂けるという弓引きとして至福の時間を大切にし練習に励もう。
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テーマ : 弓道
ジャンル : スポーツ

身心脱落

昨日NHKの「100分de名著」という番組を見た。名著と言われる本、古典からビジネス書、小説など様々な本を解説する良い番組で時々感心しながら見ている。
今回取り上げられている本は道元の『正法眼蔵』である。鎌倉時代禅宗を広めた道元のことは高校の教科書にも出てくるから改めて言う事はないが、その著書『正法眼蔵』については果たしてどれほどの人が読んでいるだろうか。私は学生時代に読んだことがあるが全部を読んだ訳ではない。ましてや禅の世界を読書によって理解したとは言えないと思うから私の『正法眼蔵』体験ははなはだ中途半端なものだと言わざるを得ない。

「100分de名著」はいくつかのキーワードを解きながら本を読み進めていくが、『正法眼蔵』では「身心脱落」が大きなキーワードになっている。仏教の教えの中で仏性をもっている人間がなぜ悟りを求めなければならないのかと悩む道元は宗に渡り如浄禅師の下悟りを得る。それは悟りを求め修行する自分を消滅させることで仏性と一体となる事が出来るというものだ。悟り悟りと一生懸命求める時に自我が存在する。その自我の存在が本来仏性とともにある人間を乖離させている。解説をされている仏教思想家のひろさちやさんが面白い例えを紹介していた。角砂糖があってこれが水に溶けたとしても砂糖は無くならない。水と一体となっているという。角砂糖=自我、水=仏性と理解する。角砂糖は水に溶けて仏性と一体となるのだ。

さて、私は番組を見ながら弓の事を考えていた。私は弓を引くときに「弓を無いものと考えて引く」というふうに考えている。先日も道場である人が弓力を上げて新しい弓を買ったというので、「新しく強い弓を使い始めるときには弓の強さを意識しないで引くと良いよ」と言った。初心者の方で少し弓に慣れて強い弓に替わるとどうしても力で引いてしまう。そこには強い弓という意識と自分が弓を引くという意識の二つが存在する。しかしこれは弓を引くときに消さなければならない意識だ。

確かに弓を引くのは射手である人間だ。弓道でも心気の働きの無い弓は形だけの空疎なもので死体であると言い、意識の働きを大切にする。しかし同時にその意識は射手が行う動作(体配)と混然一体となることを求められ目に見えることをいけないとも教えられる。中てようという意識を捨て自然な離れからくる中りを良しとする。
弓を引くという意識が動作に溶け込み弓と一体となるほどに弓はその姿を明らかにする。射手が自我を消し切らずにいれば弓と射手との間に距離が残るのだ。


私はもともと中て気の強い弓を引いていた。的に向かうのが好きで会で矢が的につけば離し中てていた。ところが最近の練習であまり中てたいという意識が無くなっているのに気が付いた。引き分けに集中し弓手と勝手の力が抜けているのを確認しひたすらに伸び合うことを楽しむ。いつ離れるのかも考えない。残心の姿が大きく中から割れていることを重視しうまく出来た時は喜ぶ。
そうゆう練習を繰り返していると中りの喜びから解放され気にならなくなっていたのだった。

私の弓道と道元の「身心脱落」と一緒に出来るほどうぬぼれてはいないが、弓の強さを忘れ中りを忘れて弓を開き伸び合っていくとき何かが変わるのかもしれない。


テーマ : 弓道
ジャンル : スポーツ

ヤフオク!で楽しむ

昨日は平日だったが遠的の練習に出かけ4時間ほど練習をした。遠的はほとんど練習をしないのだが仲間に誘われてやる練習は勉強になる。以前先生から遠的の練習をした方が良いと言われていたが、それは小離れの癖を直すためで伸び合って大きく離れるには遠的の練習は効果的という意味だった。遠的では的の付けと矢筋に勝手を大きく開き伸び合うことが安定した中りを作る。
遠的の練習を終え、近的の道場に戻り六本ほど引いてみたが矢勢いが増していて我ながら驚いた。

最近ヤフオクで弓道のものを見ることが多く、時々気に入ったものをウォッチリストに登録して値段の推移を見守ったりもする。
古物商の業者が出品するものや弓具店が出品するものの他に個人の方が出すものもある。個人の場合は使わなくなった物や蔵から出てきたものなどがあるが、手作りの品というのもある。下ガケや弓巻きといった裁縫が出来れば簡単に作れるものからクラフト紐で作った弦巻や矢筒などもあってなかなか力作が並ぶ。

先日鹿角で作ったギリ粉入れを落札したがなかなか立派な品だったので作者への敬意をこめて即決価格で購入した。昔の話をしても仕方がないが、今では鹿角のギリ粉入れはづいぶん高くなって弓具店で買うと一万以上するものもある。ヤフオクで作者の思いを受け取りながら安く買わせていただくのもいいことだ。
弦巻も手作りものとしては人気の道具で、ネットでは作り方が紹介されている。私も作ってみたいと思ったこともあったが今は作るより買ったほうが良いと思うようになっている。
籐で編んだ弦巻は昔は当たり前のようにあって、籐も今のものより細くきめ細かく出来ていた。同じようなものを買おうとするとやはり一万以上するものもある。一生ものだと思えば高いものもいいのだが、弦巻に一万というのも躊躇してしまう。私の場合弓ごとに替え弦も替えているので弦巻も替えている。常時使う三張分ぐらいは弦巻も用意しておきたい。
すでに弦巻は4つ持っているのだが、ヤフオクで素敵な弦巻を見つけたので欲しくなった。紙縒りを編んで漆を塗った手作りのものだが、隙間を残した編み方で軽い造りになっていておしゃれな弦巻だ。作者のセンスに感心したのでウォッチリストにいれた。
最初見付けたのはどなたかが落札したが同じようなものがアップされていたので今度は注意深く見て、終了10分前に入札したらそのまま落札することが出来た。競り合ってやめることもあるので落札できたのが気持ちいい。

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届いた弦巻は紙縒りに使う和紙に丁寧に包まれ、緩衝材に守られて送られてきた。作者の気持ちが届けられたようで気持ち良い。オークションの写真で見たように素敵な弦巻だ。さて、これをどう使おう。漆を塗った弦巻だから大切に使いたい。ケプラーの合成弦ではなく麻弦ようの弦巻にしようかと思う。

こうゆう小道具との付き合いも弓道の楽しみの一つだ。

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