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杣人yumi

Author:杣人yumi
弓道と楽しく向き合う杣人の弓道ブログ。お気軽にお立ち寄りください。

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弓を替えての練習

先週一週間練習が出来なかったが、日曜日ようやく道場に出かけ先生にお会いした。全日本選手権での当県選手の活躍を喜びしばしその話題で楽しんだ。

練習を始めると先生も一緒に的に立ち稽古をするが、今日は中りに満足がいかないようでしばらくすると弓の調子をみている。私たちにとって的に立つ先生、弓を調整する先生を拝見するのは嬉しい時間だ。先生の全てが勉強になる。
弓を触りながら私の射を見てくださる。何本か見て「弓手を柔くしろ」という。私も心がけているが最初のうちはまだ体に力が残っていて十分ではなかった。大三で肚に息合を集め引分けのバランスに注意しながら会に至るが押し引きが上手くゆくとどこにも力が入らない状態で伸合が可能になる。弓手に力など入ることも無くじわっと伸びてゆくと意識することなく離れがくる。以前あった離れで弓手がぶれる癖は無くなった。体の中から一文字に離れるだけだ。

先生は「弓が強いから柔くするのは難しい。弱い弓で練習しろ」とおっしゃる。時どき私の弓を手にとって「強いな。これは昔の弓の形だ・・・」などと言いながら楽しそうだ。30㎏近い強弓を引いていた先生が弱い弓で練習しろというのは面白い。

火曜日、いつもの弓と16㎏の二張を持って道場に出かけた。先生の指導はすぐ試すのがあたりまえだ。弱い弓を持っていったのにはもう一つ理由があって、矢束の確認をしたかったからだ。普段矢尺95㎝の矢を使っているが先日見てもらったら4㎝ほど出ているという。自分の感覚ではもう少し引いているつもりだったからもしかしたら弓が強くて引けてないのかと思った。そこで弱い弓で引いて比べて見たかったのだ。弱い弓でも同じだった。強い弓も弱い弓も伸合に変わりが無いとゆうことだ。

弱い弓とはいえ16㎏あるから的つけは変わらず矢勢もそんなに変わらない。弓手の力を抜く「柔い手の内」も強い弓で練習するより少しだがやりやすい。だがグラスの弓なので竹弓より重たいし振動もある。会で伸び合っていって弓と感じ合い離れの刹那真空になったような感覚が無くそこは竹弓と違う。

それにしてもやはり弓は何張かを引き比べながら楽しむことも良い。そういえば先日一緒に練習している方から弓やかけを買うにはどうしたらいいのかという事を問われた。弓道教室で始めた方だから初心者向けの道具で今まできたのだろう。弓道にも慣れ道具を新しくしたくなる気持ちは良くわかる。上達するほどに良い道具が欲しくなるものだ。だが道具の見かた選び方は難しいし人それぞれ考え方があるから経験の浅い人が一人で選ぶのは困難だ。信頼できる道場の先生についていってもらって選ぶのが良いだろう。弓具店を選ぶことも必要だがこれはさらに知識が必要だ。新しい道具を使いだすと道具が引き方を教えてくれるものだが、それが分かるようになるにはまた経験が必要だ。

弓道は心と技を鍛えるのが楽しいが、道具を見る目、道具を楽しみ知識を深めてゆくのも楽しい。弓を替えながら練習しそんなことを思った。


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知らない言葉

先日道場の黒板に「中どう(なかどう)」という言葉が漢字で書いてあった。「どう」という字は肉月に環のつくりを合わせたものだった。誰が書いたのかわからないが、一緒にいた方から「どう読むんだ」と聞かれたので、「分らないけど「ちゅうかん」か「なかかん」でしょうかね」とあいまいに答えてみたが、意味はわからない。肉月から体に関係する言葉だと想像はつくが浅学の身、ちょっと悔しかった。

そこで家に帰って早速漢和辞典を引いてみたが「どう」の字は載っていない。私が使った辞書は三省堂の「全訳漢辞海」と大修館の「新漢和辞典」。もしかしたら諸橋大漢和には出ているかもしれないが当て字の可能性もある。「どう」の字の意味は分からないがそれではと「現代弓道小事典」を引いてみたら出ていた。なの部。「なかどう 弓射に於いて、呼吸の息を鳩尾の辺にに込めることを中どうと云う。」と出ていた。これで「なかどう」と読むことも意味も分かった。

しかし、「弓道小事典」にはこの言葉の出典が出ていない。「弓道小事典」の著者春原平八郎先生は何処からこの言葉を引いてきたのだろうか。息を肚に落とすというならよく聞くし分かるが鳩尾に込めるというのはどうだろう。鳩尾の事で言えば打ち起こしの時に縦に引っ張られるようにという教え方はある。しかし息に関していえば鳩尾に込めるだろうか。打ち起こしからの呼吸は私の場合肚が張るように次第に固くなり帯の周りがびんと締まってくる。その肚の堅さを失わないように丹田に息を下してゆくようにしているが、鳩尾は使っていない。これは困った。どうしても知りたい。

家にある弓道関係の本を片っ端から読み出した。弓道教本四冊には見当たらない。他の本も今広げられる限りは目を通したがわからなかった。「弓道講座」を調べなければならないが、納戸にしまってあってすぐ出すことが出来ない。せめてどの流派の言葉か分ればなんとなく雰囲気はつかめることが出来るかも知れないが、こればかりは探し当てるしかない。

それにしても鳩尾に呼吸の息を込めるというのはどうするのだろうか。言葉の真意を知りたい。どなたかご存知だったら教えていただけないだろうか。出来れば「この本に出ているよ」と教えていただければ大変うれしい。

よろしくお願いします。

テーマ : 弓道
ジャンル : スポーツ

『弓ごよみ』増補版

先日金沢に審査を受けに行って撃沈してきた。久しぶりの審査だったが練習も充実していたし気合も入っていた(つもり)。当日は学科試験を無事済ませ、術科試験までゆっくりと過ごし心も穏やかだった。順番が来て控えに並び係りの方から名前の確認を受けても緊張することもなかった。体の周りの空気はすっきりして汗もかいていない。(もっとも気温は高いのでタオルは手放さなかったが)
射場に入場し着物の袖が留めにくかったがそんなことは些細なことで、的正面にはそろって向きを変えた。四人立ちの三番。少し忙しいが習いの通り行射に入った。引き分けて来て勝手の感じがいつもと違うと思ったのは目通りに入る前、大きく引いて鋭く離れるのを心がけていたはずなのに勝手が何かぼやけている。詰合が出来たら伸合いだとじわっと伸びようとする刹那、ばしゃっと音がして矢が的の半分ほど前に飛んだ。何が起こったのかわからなかった。
結果は結果受かることが無いのは甲矢で決まったが、乙矢をないがしろにするわけにはいかない。心に動揺は無かった。しかし詰合いは甘く伸合いが利かない。離れがぶれて矢は10時に外れた。
正直なところ審査の神様がもっとしっかりと自分のものにしろと私を励ましているのだろうと思う。次の審査まで練習をしてどんな時でも自分の射が出来るようにしろと言っているのだろう。
道場に戻り反省をし練習を再開した。

審査会場の武道館の近くに「皆中堂」という弓具店があった。普通の家のような構えて知らなければ素通りしてしまいそうなお店だが、金沢では弓具店はここしかないのだそうだ。ネットを見ると「北陸唯一の弓道具専門店」とある。
どんなものを置いているのか様子を見にいった。パートナーさんはいつものように弓巻きを見て喜んでいる。私は『弓ごよみ』増補版を見つけて買うことにした。以前のは平成二十一年の発行、増補版は平成二十五年である。

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一読してづいぶん加筆されていることがわかる。松永重宜さんの弓は軽くてカンの鋭いのが特徴だ。その弓の工夫が惜しみなく書かれたこの本は竹弓を引く弓人には是非読んで欲しい。弓の扱い方育て方も書いてあるから手元に置いて聖書のように読むといい。

私が松永重宜さんの弓を使ったのは五段をとる少し前からで、道場で練習をしていると甲高いカンという弦音で矢勢が良い。先輩が「良く中るのは弓がいいからだ」と笑っていたが実際そうだった。20キロの弓で厚みもあり手の小さい私には工夫がいったがなぜか外れる気がしない安心感のある弓だった。重宜さんの弓で五段をいただいた。

今回、改めて『弓ごよみ』増補版を読み、強烈に新弓が欲しくなった。今数張りの弓を持っているしそのうちの三張はニベ弓でそれぞれに愛着がある。しかしまだまだ未熟な時に手にした弓ではたして育て方が良かったかというとどうも自信がない。新しいニベ弓を手にして時間をかけて育ててみたい。そう思う。そのときの指南書は『弓ごよみ』だ。

ではまた。

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ジャンル : スポーツ

『弓道入門』石岡久夫・川村自行著 をオークションで

弓道を初めてから何冊の本を読んだだろう。弓道教本第一巻を買って読んだ時は慣れない言葉や構成に読み難さを感じた。町の本屋では弓道の本はほとんど目に止まることがなく、オイゲン・ヘリゲルの『日本の弓術』岩波文庫を知った時には本当に驚いた。だからヘリゲルの『弓と禅』はほぼ同時期に買って読み、著者の真摯な姿に感動したものだった。弓道を始めたばかりの頃の話だ。

もともと本を読むのは好きだから、町の書店や古本屋の棚を眺めながらよほど古い本は除いて弓道と名のつく本はほとんど買っていたと思う。ただ弓道の本は今ほど需要が無かったのか出版社でも多くの部数を刷る本ではなかったのだろう。この本はいずれ買おうと思っているといつの間にか書棚からなくなっていることが多かったし、出版されていることを知らないうちに絶版になっているものも多かった。

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先日ヤフーオークションで『日本の武道』という本を見つけた。日本武道協議会が創立三十周年を記念して出版した本で柔道・剣道・弓道・なぎなた・合気道・・・と様々な武道の紹介と現状や課題が書かれている。平成十九年の本でたしか購入者を募って配布したのではなかったかと記憶しているが、当時私は購入するタイミングを逸してしまっていた。
今回オークションで発見したのと同時に市の図書館で借り、内容を確認してオークションで入札をした。大きく立派な本で発売元はベースボールマガジン社、定価は4000円。全日本弓道連盟の歴史や事業内容などが簡潔に記載されている。私にとってうれしいのはいくつもの写真にご縁のある先生方の姿があることで、正直なところそれだけでもこの本を持っている価値が私にはある。

この『日本の武道』を見つけたことに気を良くして毎日のようにオークションサイトを見るようになった。欲しいものがそうそうあるわけでも、買える訳でもないが、どんなものがどうゆう形で出品されているのかを想像するのも楽しい。中には壊れた弓やボロボロの羽の矢に高い値段がつけられたりしていて眉を顰めるものもある。業者による出品もあれば個人の方によるものもある。手作りの弦巻や下ガケなど微笑ましい出品もあってそれはそれでオークションサイトの面白さなのかもしれない。

今日、日曜日に落札した『弓道入門』が届いた。石岡久夫範士と川村自行教士による本で、私が道場に通いだしたころ確か道場の机にあったと記憶している。私の道場は石岡先生と同じ流派本多流の道場だった。落札するまでどうぞ他の人と競うことのないようにと祈るような気持で落札完了を待った。待っている間に川村自行先生のビデオを見直した。東京で弓道をするものにとって両先生はいつも注目の先生だったが、川村先生が若くして亡くなった時は非常に残念に思ったのを思い出す。

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この本も買えると思っているうちに機会を逸した本の一冊で、長く心に残っていた。私が弓道を始めた頃の本でAmazonをみると1986年とある。今回手元に届いた本は奥付に平成元年重版とある。1989年だから4年後の重版ということだ。懐かしい気持ちと一緒に今あらためて頁をひらくと、国学院大学を中心として長く指導をしてこられた両先生の本らしくとても分りやすい。ただ分りやすいだけではなく、「伊勢貞丈が「射心」という言葉を「凡そ武芸は心を練るを肝要とせる中にも、特に射芸はなほ心を練るを至極とす」(『安斎随筆』)と説明しているのは、弓道修練の核心を突いた言葉であろう。」と書かれているように、きらきらと輝く文章があちらこちらに見られる。やはり素晴らしい本だ。

弓道を学ぶ基本の本は弓道教本であるが、多くの先生方が良い本を書かれている。そうゆう本と出会い先生方の考え修行の軌跡に触れるのも弓道の楽しみの一つである。

今回、『日本の武道』、『弓道入門』ともに個人の方がオークションに出品されていたものを私が落札させていただいた。これも一つの縁である。出品された方に感謝し私の今後の修練の励みとしよう。

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ジャンル : スポーツ

射礼研修会

久しぶりに射礼研修会に参加した。地域の研修会だから研修を受けるメンバーは皆顔見知り、講師の先生も一緒に練習する方だ。しかし今日は研修会。学ぶ心をもち受講生という立場をわきまえなければいけない。

道場に着き会費を納め名簿を見ると40人近い参加者だ。四段・五段の方が30人弱、錬士以上の方が13人と皆さん熱心だ。体操をし開会式。「礼記射義」「射法訓」の唱和を行うと、講師の先生から唱和の行いを正しくするようにと指導が行われた。唱和を先導する者は呼ばれたら返事をし、立っている列の後ろを通って役員の前を通り、いったん立ち止まって役員に礼をし、続いて前に進み国旗の正面を外して立ち講師に向かって礼をし審判席に向きを変えて立つ。「正座」と号令し座る。暗記をしていても教本を開き「礼記射義」「射法訓」を唱和し、終わったら「起立」と号令し立ち講師に礼をして戻る。このとき審判席・国旗に背中を見せないように向きを変える。
なんでもないことのようだが、意識して行動することによってしっかりと覚えておきいざ指名されたときにまごつかないようにしたい。

係りから日程の説明があり、持的射礼と一つ的射礼とに分かれて研修を受ける。

私は一つ的射礼の研修だが、人数の割り振りで四人での一つ的となる。教士以上の二次審査では見知らぬ人と組んでの一つ的射礼を行うがその時に何人で組むかは予測が出来ない。どのような形でも基本をしっかり知っておかなければ他の受審者と合わせることも出来ないから、二人や四人の練習も大事だ。

最初弓を持たず位取りを確認し相互の間隔や歩数を確認する。審査会場によってはこの位取りが出来ない所もあるからその場合は相互に確認するしかない。ところが私たちは入場から礼の向きがまちまちだといきなり注意を受ける。私たちの会場は第二会場なので審査員の向かって左側、的よりの方が礼の向きになる。こうゆうことは決まり事だからメンバーで打ち合わせしておかなければならない。続いて定めの座について礼をし行射は始まった。
一つ的射礼の講習では四組全員が終わってからの講評だったので注意点を箇条書きにしてメモしておこう。

1、入場の礼の向きをそろえる。
2、大前の礼は丁寧であるべきだが息合をもって行いリズムを壊してはいけない。続く人が合わせにくくなる。
3、定めの座は射場の三分の二を限度とし相互の間隔が間延びしてはいけない。四人一つ的の場合的に対しては3m60cmの中に四人並ぶが定めの座では同じ間隔では広がりすぎるので間を狭める。
4、本座を決めたら射手は同じ場所に戻らなければならない。歩数で調整するのではなく7歩8締めで戻られるように訓練する。
5、最初の射手が戻った位置が本来の本座と違った場合には続く人は射手が戻った位置を本座として同じ位置に戻る。
6、本座に戻った者は射手が引き終わると左に移動するが、その際「弓礼・弓法問答集」にあるように斜めに真っすぐ移動する方法と半分ほど真横に進みその後斜めに移動する方法があるが、現在は三歩ほど真横に進みその後斜めに移動する方法が主流になっている。いずれにしても相互に打ち合わせて統一させる。
7、横への移動と縦へ移動では距離が違うから歩く速度に留意し所定の位置に同時に立てるようにする。

このほかにも個々人の所作への指摘や射技への注意もあった。

全体的に見てやはり持的の講習を受けている方は一つ一つの動作や意の注ぎ、相互に合わせることなど不慣れな事が多いように見受けられたがこれは練習をするしかない。そして練習するときに大切なのは漫然とするのではなく、一つ一つ意識して行うということだ。その積み重ねが確実な体配を作りあげる。体配が落ち着くということは息合が生きてくるということだ。体配を行いながら射への気を満たしてゆく。一つ的にしても持的にしても一人一人の気合、充実した体配が相互に影響して射場を満たしてくると射場は凛とした空気に包まれてくる。これは弓道の持つ美だ。私たちはお互いに協力してその美を作り上げるという意識をもって射礼を行う。


おまけ)
講師の先生から膝頭に弓を置くときの所作について、ご自分が以前範士の先生から教えられたこととして「弓を保持した両手をわずかに角度を変え最小限の動きで膝頭に置くと綺麗に見える」という指導があった。こうゆう指導は言われてみればなるほどと思うのだが普段なかなか気づくことは少ない。大いに参考とすると同時に、所作・体配の意味を踏まえながらどうゆう動作が美しいのかを研究する意識を持たなければならないと思った。

テーマ : 弓道
ジャンル : スポーツ