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杣人yumi

Author:杣人yumi
弓道と楽しく向き合う杣人の弓道ブログ。お気軽にお立ち寄りください。

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練習

土曜日の朝練習に出かけた。台風の影響なのだろう、海岸線を走りながら海を見ると波が高くしぶきで砂浜がかすんでいる。海の風景を見ながら道場に通えることが嬉しくて今の道場を選んだが、自然の力を感じると弓道の練習に向う自分に生命力が充電されるようで気持ちが良い。

道場に着くとS先生と会員さんの二人が練習を始めたところだった。私もさっそく弓を張る。巻き藁練習をすると先生が見て「巻き藁だと問題がないな、的でもそう引けたらいいのに」と言う。私が的に向うと離れで揺れるのを指しての話だ。この悪癖がいつから出だしたのかについてはこのブログでも散々書いてきた。原因と結果、それを直すための試行錯誤についてここ何年もかかっていた。
揺れる悪癖のためかなり落ち込んだことも確かだ。「巻き藁なら問題がない」いつもそう言われていたから、問題は的に立ったときの私の引き方、それをさせる心のあり方なのだろうと思っていた。

的前練習で的を狙わない心、巻き藁と同じように引く練習が一つのきっかけを与えてくれ、その延長線上に力を使わない引き分けがあった。打ち起こしから大三にもってゆき弓手も馬手も力が入っていない事を確認する。両肩で受けながら肩甲骨を開くように引き分けてゆき、結果として的につくのであって弓手を的につけるのではない。途中弓手も馬手も弓の強さを受けるだけ、決して押したり引いたりはしない。肩根が逃げないように重心に注意しながら弓と体がどちらともなく割り込み一枚になるようにする。矢束ちょうどに引き分けることが出来たら詰め会いを大切にしながらじんわりと伸びてゆく。
カケの使い方は難しい。大三で作った弦とカケ口の関係は会に至るまで変えない。途中引っ張られるようになるがカケを信じて任せるのが良い。この信頼がなければ会で馬手に力が入ったり違う方向に離れてしまったりして一文字に離れることは出来ない。今日の練習でわざと親指や中指の操作をしてみたが結果は良くなかった。余計な操作をせずカケに任せるのがやはり良いようだ。
会で弓手は全く力が入っていないから体の中から割れるように離れたときも全く自由である。角見は自ずと働き離れで弓は放り飛ばすような感覚すら覚えるが、これは本多流で言うところの“弓を飛ばす”に似たものだろうと思う。

巻き藁練習で感覚を確認できたので的前に立った。先生が見ているのを感じながら四本引いたが巻き藁とは全く違って思うようには引けない。先生も「力むな、弓の力を受けるだけ・・・」と声を掛けて下さる。私も意識を強くし引き分けると今度は思うようになって軽く離れる。その感触を忘れないように引くと矢も的の中に集まってきた。次に先生は「馬手の飛びをすばやく大きくしたほうが良い」と言い私もそれを為す。あくまで馬手に力を入れずにだから胸を割る感じで飛ばす。
何回かそうして練習をしていると、先生が「いいよ、急に上手くなることはない」と言う。

控えでの先生の話。
宇野要三郎先生が、的はいらないんじゃないかと言ったことがあった。矢渡しのときに的があるとどうもいけない。無いほうがよい。矢渡しをする事になると一週間前から仕事をせず訪問客を断っていた先生が的によって心が動くのを戒めていたのだ。宇野先生の澄ましの話は教本にも載っているがS先生から話を伺うと生きた話として沁みてくる。
宇野先生が地元に帰ってくると、寺の道場に来るのだが、和尚さんから私のところに「宇野先生がいらしているので来てくれと」電話がある。宇野先生はご自分のカケだけもって来ているのだが、「弱い弓を貸してくれ、巻き藁だけでいいから」と言って巻き藁に向った。

宇野要三郎先生については私が説明をするまでもない。青森県黒石市のHPに「黒石人物伝」というコーナーがあり、紹介されている。宇野要三郎 ←こちらをご覧いただきたい。宇野要三郎先生とS先生とがご一緒していた時期があったことを今日改めて知った。以前にも伺ったことがあったかも知れないが私の心に残っていなかったのだ。その宇野先生にして的の存在が射手の心に及ぼす影響に心を砕いていた。その事を私に教えてくださったS先生。私が的に囚われ苦心していたことをいつも見ていてくださった。そして今日、先生の「いいよ、急に上手くなることはない」という言葉でようやくトンネルから出ることが出来た気がした。だがそれはようやく抜け出ただけの事で、これから練習を重ね技も心もしっかりしたものにしてゆかなければならない。

今回、力を使わない引き分けが可能になったのには理由がある。弱い弓で徹底して巻き藁を引き体の使い方を考え直した事であった。弱い弓で正しい引き方を練習すると矢勢の良い矢が出、矢どころも集まってくる。これは自分でも驚くほどである。そして強い弓も全く同じように引けるのだが、すこしオーバーな言い方かも知れないが弓の強さを感じないほどである。これはもっと経験と考察をしなければならないが、いかに手先で弓の力を受けていたかということなのかも知れない。体の中で引くと弱い弓も強い弓もあまり違わないのかも知れない。

私の練習はようやくトンネルを一つ抜けたところ。この先どんなトンネルがあるかも知れないが諦めさえしなければいつかは光が見え前に進むことが出来るようになる。諦めないことが大事だ。



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伊豆の国あやめ祭り奉納射会

伊豆の国あやめ祭り奉納射会に出かけた。ある先生からお誘いを頂いたからなのだが、外の射会に出かけるのは二年ぶりぐらいになるのではないかと思う。実際先日の教錬士会の射会も久しぶりで調整をしての参加だった。だがいつまでも射会に出ないでいるわけには行かない。当地からすれば東部地区になる伊豆の国市、まさに韮山反射炉で話題の真っ只中の場所だ。

朝五時半に車に乗り新東名高速を走る。伊豆縦貫道はしばらくこないうちに綺麗になっているが私の古いカーナビでは表示がされない・・・。

雨のそぼ降る中会場に着き受付をすると20番台と早い立ち。開会式を終えるとすぐに立ちになる。

成績は
×○×○ ○××○ ×○○×  6/12  これでは遠近競射にも残れない。

前日の金曜日土曜日は雨と仕事で練習が出来なかった。しかしそれは言い訳にならない。木曜日はしっかり練習をして肘の位置や詰会いの確認をしてきたはず。ところが、一立ちめは緊張して膝上が振るえて我ながら驚く。二立ち目も中て気が前に出て矢が落ち着かない。三立ち目も駄目だ。練習の成果を出せれば十中はいくだろうし入賞もするだろうと思っていたのが裏目に出た。
まだまだ虚心には程遠い。

お誘いいただいた先生にいくつかご指導をいただき、今使っているのより弱い弓で練習するようにと弓を頂戴した。強い弓を引き押し込んで中ててきたが改めて射形を見直そう。
弓を引いていると様々な出会いがある。道場との出会い、先生との出会い、いまだ未熟な自分との出会い。どれもが大切で有難い出会いだ。正直な気持ちで練習を続けていれば明日も新たな出会いにめぐり合うだろう。精進しよう。





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久しぶりに弦を作った。弓具店に出かけ最近人気の弦はどれかを訊きながら沢山ある弦を見たが値段の幅の大きいのに驚いた。高いのは二本で2500円もする。合成弦でもこんな値段のものがあるのかと知った。

私が弓道を始めたころは麻弦だった。練習の前後は麻ぐすねをかけて弦をメンテナンスしたし、中仕掛けも最初はくすねをつかって作っていた。合成の弦は麻ぐすねをかける必要は無いがボンドで作った中仕掛けも麻ぐすねをかけて使うと筈がすべらなくて好い。もちろん軽いほつれを直すのにも便利だ。ただ以前はわらじは切れた弦をつかって自分で作っていたものだが、合成弦だとわらじを作ることが出来ない。今弓道を習っている人たちはわらじは弓具店で買うものと思っているのだろうか。

昔のものが何でも良いという気持ちは無いが、やはり麻弦でなければと思うこともある。巻き藁用に使っている古いにべ弓には麻弦を使っている。弓の柔らかさに対して合成弦の硬さが不釣合いな気がしたからだ。はたして引き分けてくるとき、押す弓の柔らかさと引く弦の柔らかさのバランスが合っていて引いていて気持ちが良い。離れて弦が弓にあたっても弓を傷付けることがなく安心して引くことが出来る。合成弦は強度があるため額木にあたると弓を傷つけるし関板も溝が出来きてしまう。なんとも心痛い。
新しい竹弓を購入し馴らしてゆくとき、しばらくは矢束いっぱいには引かない。弓に反動を覚えさせ笄(こうがい)を起こさないためであるがこの時期は太い麻弦で引くのを奨める。弦楽器を思い出せばわかることだが、太い弦は低い音を出す。弓に対しては幅のある振動を伝えるという事だ。離れによって弓が復元し弓自体の振動と弦の振動が弓に伝わるときに弓がなるべく優しく振動を受けるようにしてあげたい。そうやって新しい弓を徐々に鍛えてゆく。合成の弦ではこのような事は出来ない。

麻弦への愛着をもっている私だが、日常的には合成弦を使っている。なんといっても切れないから経済的に優れている。試合や審査の時にもしかして切れたらという心配もしないですむのも良い。ただ関板に当たるところなど少し弦の表面がほつれてくると見苦しいので補修しながら使うことになる。しかしそれも限度があり、麻弦は切れるまで使っていたが合成弦は切れる前に交換するようにしている。

今回新しく買った弦は色々と迷ったすえに以前使っていた合成弦になった。最近使っていた弦は引き味は柔らかくて良いのだが弦輪のところが少し硬く滑らないようになっている。その分緩まなくて良いようにも思うのだが逆に遊びの部分が少ないように思う。弦音も私の好みではなかった。
お店に行くまではこれまで使ったことの無い銘柄を選ぶつもりだったが、結局以前使っていたものをまた買った。少し消極的な気がしないでもないが感じを覚えていて親しみがある。今朝弦輪を作ってみたら以前よりも柔らかくなっていて作りやすくなっているように思う。たまたまなのかも知れないが、同じ銘柄でも改良がされているのかも知れない。使うのが楽しみだ。

今日は雨。道場には行けないが弦を張って様子を見時々素引きをしたり弓の形を見たりして楽しもう。