プロフィール

杣人yumi

Author:杣人yumi
弓道と楽しく向き合う杣人の弓道ブログ。お気軽にお立ち寄りください。

カテゴリ
カレンダー
11 | 2014/12 | 01
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31 - - -
最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
FC2カウンター
Google
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

『終わりなき探究 弓道 増渕敦人』

NHKで放送されていた『終わりなき探究 弓道 増渕敦人』という番組を見た。アスリートの魂という企画もののひとつで、弓道が取り上げられたことについては素直に喜びたい。私がこの放送を知ったのは道場で弓仲間の会話からで、すでに再放送も終わり見逃した状態で仲間内の意見が先に耳に届いていた。自分が見ていない番組に意見はもてないと思っていたら幸いに再々放送があって録画する事が出来た。すでに弓仲間たちはこの番組の話題をすることもなくなっている。そこで私なりの感想を記しておこうと思う。

番組は栃木県の増渕敦人教士七段を取材し、弓道に道を求め探究し続ける姿を追うというものだ。日大弓道部で9割を越える的中率を誇り、29歳で全日本選手権を史上最年少で優勝した増渕選手。しかし翌年の選手権ではまさかの予選敗退という結果に終わる。NHKのHPの言葉を借りると、「理由は「単なる的当てで弓道ではない」というものだった。(中略)的中率は高くても入場から退場までの所作で大きく減点されたのだ。」とある。
全日本選手権(天皇杯)では予選で一手二回合計4射弓を引き的中2本以上、そして射の内容を評価される点数で順位が決まる。どれほど中っても射技・体配が充実していないと点数はもらえず予選も通過できない。弓道をやっている人間には当たり前のことだが、どれほど的に中ろうとも射技が劣っていたり気構えが整っていない射は空疎なもので評価されない。もちろん本人も納得出来ない。弓道の全日本選手権で評価点数が重視される所以である。

番組では増渕選手が正しい射をもとめて自らの射を見直す姿を映している。道場仲間や学生にも協力を求める真摯な姿勢を紹介したり、地域の弓道大会に参加して練習の成果を試そうとして上手くいかず途中棄権する姿も映し出す。この途中棄権は賛否の分かれるところだ。
番組を見ながら、私は初優勝の時も翌年の予選敗退以降も増渕選手が反省や工夫をしてこなかったわけではないのにそのことに全く触れていないのが不満だった。今年51歳の増渕選手もこの間教士になり七段に昇段し成長してきている。弓道をやるものなら常に自分の射を反省し、直し、練習を繰り返して技を身に付けて、と探究を続けている。なにも初優勝から22年たった今改めて見直しているわけではない。そこに触れないのは増渕選手に対して失礼な気がする。
そこで、手元にある弓道誌(最近の9年間)を調べ、増渕選手の記録を改めて見てみる事にした。

開催年 回数  予選通過順位 的中・点数 ()内は予選での1位と21位の点数
2006年 57回  17位 ×○723.4 ××714.2 予選通過ならず
(1位 744.6 727.6  21位 707.4 729.2)
2007年 58回  14位 ○○738 ○○755 決勝9中
(1位 746 768  21位 733 743)
2008年 59回  30位 ×○747 ×○727 予選通過ならず
(1位 775 761  21位 758 729)
2009年 60回  15位 ○○760 ×○739 決勝9中 2位
(1位 788 766  21位 766 728)
2010年 61回  10位 ○○751 ×○735 決勝7中
(1位 764 757  21位 742 728)
2011年 62回  2位 ○○794 ○○767 決勝4中
(1位 776 786  21位 743 754)
2012年 63回  8位 ○○741 ○○752 決勝5中
(1位 756 763  21位 738 729)
2013年 64回  10位 ○×751 ○○761 決勝7中
(1位 775 775  21位 747 751)
2014年 65回  33位 ×○735 ×○738 予選通過ならず
(1位 758 768  21位 735 743)

今年65回大会で増渕選手は26回の出場となり全出場選手のうち最多出場である。それぞれの県で代表選手の決め方はあるだろうが、栃木県弓道連盟も増渕選手自身も選手権大会にかける思いの強いことが伺われる。決して他に優れた選手がいない訳ではない中でこれだけの出場回数という事は、増渕選手の努力はもちろんだが栃木県連が増渕選手にかける思いも強く一丸となって増渕選手を育てていると言って良いだろう。
次に予選通過の点数を見てみると点数の幅が意外と大きいような気がする。たとえば2009年に1位通過者は788と766と高得点なのに対して2006年の1位通過者は744.6と727.6であり、この点数で2009年ならば予選を通過出来ない。審判を務めるのは範士の先生方でどのような基準を持っているのか私には知りようもないが、点数の幅が年によって極端に違うのはなぜなのか。単純に選手のレベルの問題なのだろうか。

増渕選手についてみてみると、2006年は評価点数では足りていたものの中りが足りず予選通過できなかった。翌年は14位で通過するも決勝は9中同士のハイレベルの争いとなり入賞を逃している。2008年は逆に評価点数が高くなり、増渕選手は30位に落ちている。2009年は発奮したのか点数も高く決勝でも9中で2位になっている。それ以降も10位以内での予選通過、特に2011年には794点と767点で1位通過者と1点差という高得点を得ている。しかしこの時期は決勝での中りがよくない。このクラスで7中以下というのはやはり何処か弱点があるのだろう。

さて、最近の9年間(私の手元あった弓道誌)に限ると、大会の評価点数の問題を明らかにする必要もあるかと思うが、増渕選手の点数に限って見ると2008年の30位以外は昨年まで全て予選通過レベルである事が分かる。2008年の点数にしても他の年の点数と比較してみると充分な点数であり、これを考え合わせると増渕選手のこれまでの研鑽に問題があるとは考えにくい。2011年の高得点をみても批判を受けた中て射から正射への成長はなされていたといえる。つまりNHKの今回の番組の趣旨を考えたとき、増渕選手が今改めて新しい事にチャレンジしているのではなく、これまでもチャレンジし続けてきたことに視点を置くべきだったのだと思う。すなわち26回の最多出場していること、連続して予選通過していること、しかも2位になったこともある事などである。さらに言えば2011年の794点を得た射を映像で見てそのほかの射との違いを見せてもよかったかも知れない。少なくとも30歳のとき中て射だと言われて落とされた増渕選手を頭に置いて今回の番組を見てはいけないと思う。そのうえで、それでも猶というのが本来番組が伝えなければならない事だったのだと思う。

報道やテレビ番組では製作者の意向が強く反映するあまり本来の姿と離れたところがクローズアップされ実際と違うところが視聴者に伝わってしまうことが良くある。今回の番組もその悪い例だったと私は思う。
悪いところは他にもあって弓を射ることを弓をうつと言っていること。弓道では弓をうつとは弓を打つと書き弓を作ることを言う。地方で弓をうつと言う人を聞かないわけではないが私は好ましく思わない。もう一つ範士の先生をさして名人と言っていること。将棋や囲碁ではないのだから名人という表現は弓道の世界では何の意味もない。正確に範士誰々と表現するべきでそのほうが礼儀にかなっている。このあたりはNHKと増渕選手もしくは全弓連との間で話し合いはなされなかったのだろうか、なされなかったとしたら問題だと思う。検閲しろというのではなく、その世界に相応しい言葉の使い方があってそれを示すのは全弓連の活動責任だ。
もう一つ。正しい射を行えば的が見えていなくても矢は的に中るというのを表現するために、暗闇の中で弓を引き的に中てる(中ると言いたいところだが私はそうは思わない)様子を収録していた。しかも範士の先生に引いていただいている。これは弓道をやるものなら誰もが知っているであろう、阿波研造とオイゲン・ヘリゲルの逸話をもとに好んで取り上げられるものであるが、いい加減このような見世物まがいの行為で正射正中を伝えるのは止めにして欲しい。暗闇で的が見えずとも中るのは誰もが経験することだし初二段の頃から出来ることだ。だからといってそれが正射だとは誰も言わないし、現代の安全を必須とする弓道の流れにおいて暗闇で弓を引くのは間違いだ。阿波研造は接ぎ矢をしたのだし、ヘリゲルはそこに神秘性を感じたのであるから全く違う話でもある。全弓連もこうゆう見世物的リクエストには確りと断るくらいの気概を示して欲しいと思う。

このような番組の取材があったせいなのかどうか、今年2014年65回の全日本選手権で増渕選手は評価点も低く予選を通過することが出来なかった。番組的には厳しい現実を映し出すことが出来て満足だったろうと思う。製作者はそう思う。ただし、岡崎範士が番組の中で言っているように、増渕選手が自分の弓道を求めてチャレンジを続けてゆく以上そこに道はある。射をみつめ自分を反省して作り上げてゆくとき、其の過程で点数が低くなって予選を通過出来ないこともあるだろう。そこに怖気づいてはいけない。増渕選手は自分の射を求め、それで全日本選手権優勝を勝ち取ればいいと思うし是非そうして欲しい。
全日本選手権には優勝のほかに最高得点賞という誉れ高い賞がある。増渕選手、そして全国の弓道家には自分の弓道で最高得点賞を獲得する喜びを目指して欲しいと思う。私も端くれながら努力したい。
スポンサーサイト

テーマ : 弓道
ジャンル : スポーツ

『弓の文学誌―那須与一は正鵠を射たか』

『弓の文学誌―那須与一は正鵠を射たか』牧野治三著を読んだ。
著者あとがきにあるように本書は「和漢の古典文学の中で弓矢がどのように活躍して、どのように描かれているかについて語って」いる。
目次に沿って内容を紹介すると
巻ノ一 不射之射 は中島敦の『名人伝』を『列子』や『荘子』『射経』といった中国の古典を紹介しながら読み解いている。
巻ノ二 百歩風に乱る は春秋時代に楚の共王の下活躍した養由基の射を『春秋左氏伝』『史記』などの中国の古典、日本に伝わり『和漢朗詠集』や『源氏物語』から紹介する。百歩はなれて柳の葉を射て百発百中するという養由基に対して「不射の射」を説いた老人の存在に著者は注目する。
巻ノ三 頼政と鵺 は『平家物語』に登場する源頼政の鵺退治を中心に様々な化け物退治を整理したもの。
巻ノ四 那須与一は正鵠を射たか 巻ノ五 義経の弓 は『平家物語』や『保元物語』『吾妻鏡』などから那須与一の扇的について考察したもので、著者の強い気持ちが読み取れる。司馬遼太郎の『殉死』を取り上げ乃木希典と那須与一を対比させた項で、司馬遼太郎の「小説として書くのではなく小説以前の、いわば自分自身の思考をたしかめてみるといったふうの、そうゆうつもりで書く」という言葉を紹介しているのは、著者の気持ちそのままであるからであろう。

『弓の文学誌』は文学の好きな弓道家なら誰もが待ち望んでいたような一冊だ。中島敦の『名人伝』にしても『平家物語』にしても高校で学ぶ作品だから馴染み深い。しかも筆者は中国の古典、日本の古典を猟読し深い読みに取り組んでいる。
私は本書に続く『新弓の文学誌 春秋弓矢伝』を弓具店でみつけ求めたが、『弓の文学誌』はすでに購入が困難になっていた。出版社は文芸社というところでいわゆる自費出版の類を得意とするところだ。この会社のサイトでもすでに販売されていないのでいわゆる流通在庫でしか本書は存在しないのだろう。気長に古本が出るのを待っている。『新弓の文学誌 春秋弓矢伝』を出した東洋出版で出し直してくれないだろうか。

弓道の楽しみはもちろん道場での練習、仲間との射会やより大きな大会への出場と弓を引くことにある。だがふと身の回りを見渡したとき、日本語に多く取り入れられた言葉の数々や道具類の美しさ、文学作品と私たちの生活が弓道と縁のあるものに囲まれていることにも気がつく。せっかく弓道に接する機会を得たのであるから、広く見渡し自分の生活を豊かにしてみてはいかがだろう。『弓の文学誌』はその良き導き手である。手元に置いて何回も読み直したり著者にならって古典の世界に親しむのもよいだろう。   


テーマ : 弓道
ジャンル : スポーツ

教錬士会への参加

昨日久しぶりに当地区の教錬士会に参加した。1年ぶりの事だ。
もちろん目的は最近の練習を先生に見ていただくことなのだが、会の皆さんにご無沙汰したことを詫びる事も大事。何人かの方は昇段したり教士なられた方もいて、正直少しあせりのようなものも感じる。

講習は教錬士会会長による矢渡しを行い第一介添え第二介添えを中心に体配の指摘、これは見ている私たちが何を見ているのかが問われる。次に審査形式で一手行射、全員が引き終わったところで先生から個別の指摘、私は引き分けの左右バランスと縦線を生かすことを言われる。復活途中とは言え基本の事なのでまたしても悔しい。もっとも左右のバランスに関しては弓手馬手それぞれ分解して練習中なので指摘されるのはもっともな事と思う。

昼食をはさみ講話。
先生の話は何回も伺っているが、それが嬉しい。京都大会の思い出から思い切って引いてみることの大事を伺う。

その後射技研修と見取り稽古、自分の射を見ていただくのと同時に他の方の射に先生が何を指摘されるのかに目を凝らす。合間には自主練習も行う。

休憩の後、射礼大会に向け一つ的射礼を3組先生に見て頂き終講。

先生の終講の言葉は昇段昇格者を多く出し研鑽を深めること。強い気持ちをもって審査を受けるようにとの事であった。


2月の審査を受けようと思っていたがすでに申し込みが締め切られたことを教えられたり、先生の指摘を受けすっかり落ち込んだ講習会。落ち込むのは毎度のことだが復活途中にある身としてはけっこう痛い。今週前半は仕事が忙しいので少し気持ちを弓から離しまたむくむくと湧いて来る気持ちを確認して復活してゆこう。