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杣人yumi

Author:杣人yumi
弓道と楽しく向き合う杣人の弓道ブログ。お気軽にお立ち寄りください。

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見てもらうことの大事

審査の終わった翌日道場に出かけた。練習を再開して3週が過ぎ、これまで課題だった事が憑き物が落ちたように直っていたのに気持ちよくし、少しづつ矢数をかけられるようにしている。弓ももう一張り用意した。

先週道場の仲間に引いているところを見てもらった。癖や課題は沢山ある。せっかく再開したのだから今を機会に基本にもどり直してゆこうと思う。今日はその一歩目の練習だ。
しばらく引いて、体の開き、弓手の手の内などを確認したあと、また仲間に声をかけてみてもらう。

両足が的線上にあるのか、腰は重なっているか、腰骨の高さは同じか。
打ち起こしから大三までは水平、平行に運行出来ている。だが、引き分けて来るとき狂いが出るようで的付けも私が思っているのとは違う。
そうゆうのを見てもらいながら8射ほど引いた。こうして今後何を直してゆくのか、そのためにどうゆう練習が必要かを考える。癖は自分では気付かなかったり、これでよいと間違った理解をしていたり、気付いていても直し方が分からなかったりと一人で練習していても正すのが難しい。時に人の手をかり、指摘してもらって課題を見つける。

課題を見つけ直してゆくときに大切な事は基本に立ち返ることである。いつも基本は何かを頭の中に描き、体と考えをニュートラルにして余計なものを一度剥ぎ取る。その上でどうすれば癖のない基本の射を訓練できるのか工夫を考える。
弓を再開し練習の方向を考えるとわくわくした気持ちと楽しさに満たされる。1年前の自分とは違う弓に向かう自分を見る。
休んでいた間に頭の中で弓を引いてきた事も良かっただろう。ストレッチボールやバランスデスクを利用し体幹を意識したトレーニングを続けているのも効果がある。先月までは審査を受ける気持ちなど全く無かったが、春には審査にもチャレンジしよう。

道場は仲間がいてこそ道場。休んでいた間心配し、戻った私を迎えてくれた仲間。その仲間に素直な気持ちでお願いし見てもらう。後は自分の工夫と練習の繰り返し。
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体配

明日は当地で四段までの審査が行われる。秋の審査は高校1年生など春から弓道を始めた人が受審するからすこし賑やかで進行係りなどスタッフも忙しい。
時間をつくって週2回道場に行くようにしているが、道場が四段の審査会場になるので受審予定者が練習に来る。道場が狭く入退場が窮屈なので事前に慣れておこうという事だ。普段から練習に来ている人、近隣の支部で交流のある人など数人が着物を用意して仲間と示し合わせて来る。

仲間がそろい入場から練習をしようという時は私たちはすこし遠慮し、畳のところで練習の様子を見る。注意点などを教える人も居る。私が四段を受審した頃は着物は着なかったし体配の練習も今ほど頻繁にはしなかった。今思えば右も左も分からないままただ引いていたように思う。

弓道は武道である。心が感じ反応するとき、それに呼応するように体が動く。状況に応じて正確に動けるかどうかは普段からどれだけ基本の練習を繰り返して体に浸み込ませているかその一点にかかる。体配の練習は型の練習であると同時に所作に含まれた意味を知り、心と意識と体の使い方が連動するのを確認する作業だ。四段では難しいかも知れないが一連の動作をするときに自分の意識がどう働き心が何処にあるかを確認しながら練習をしないとただ体を動かしているだけ、空っぽの体配になってしまう。言うのは安いが難しいから行射の練習の合間、すこしづつでも練習する。

以前初心者の方たちと練習をしていたとき、その道場には射位正面に鏡があったのだが、「鏡がなかったらどうやって弓をたてるタイミングが分かるのですか」と質問されたことがあった。なるほどそうゆう疑問があるのかと思った。耳をすまし、呼吸や気を感じ今周りで何が行われているかがたとえ目で見なくても分かるようになる。そうゆうことは経験してゆかなければなかなか分かり難いことなのだろう。大前には続く4人の射手に気配りをする役目があり、続く射手や落ちの射手には大前に続きながらひとつのグループとして一体となる務めがある。そこに相手を敬い調和を図る気働きが必要となる。
審査では初めて会う人がグループとなる。誰が大前をやるのか落ちをやるのかなどわからない。よく名簿を見ながら何番だと言っている人がいるが、欠員が一人出れば変わるのであるからそんなことをいちいち気にするより、控えで並んだときにしっかり挨拶を交わし精一杯のことをやりぬく事に集中するのがよいだろう。

まぁかく言う私も、まだ呼吸と動作を確認しながら体配を行っているレベルだ。意識を閉ざさないよう慣れすぎないようにしながら、しかし意識は心の底に沈めて表には出ないようにと時々思い出しては反省する。

明日の審査、私は役は無いので道場にはいかない。受審者が精一杯の事をしてくれるよう願うばかりだ。家で弓を張って型をみながらそんな事を思っている。

おまけ)
いつから四段も着物を着て受審するようになったのだろう。私の頃は五段の時も胴衣だった。四段の場合和服着用は五段への準備、慣れておくようにとの意味で審査の評価には影響しないとなっている。だが、慣れない着物の所作で射に影響が出る人もいるだろう。四段レベルなら胴衣で十分だと思う。評価しないなら胴衣で射に集中させて欲しい。さらに、四段は大学生でも受審可能だ。学生の段階で着物を用意する経済的負担を全弓連はどう考えているのだろうか。学生が少ないお小遣いの中から弓の道具をそろえ合宿なんかの費用も捻出して練習や試合をこなしているのを見ると、受審するために着物まで用意しろというのは私には配慮が足りないように思うのだが・・・。

復活

都合でしばらく弓道から遠ざかっていた。約1年近く弓を手にすることすら出来なかった。

しかし心の方まで離れていたわけではないので、函館の道場を見学したりもしていた。
自宅に戻ってからも留守をしていた分忙しくなかなか道場にはいけなかった。

先週、買い物に出かけた折、他の道場の仲間にばったり会い、「最近見かけないけどどうしたの。射会にも来てください。」と声をかけられた。
その夜夢をみた。
東京時代からの弓仲間が大勢集まって宴会をしている。支部の会長は壇にあがり挨拶をしている。
目が覚め、今日は道場に行こう、そう思った。

道場では先輩にご無沙汰していた間の事情を説明し、巻きわらから始めた。
その夜、道場の別の先輩からメールで先生の7段昇段の祝射会が行われる旨連絡がきた。弓の生活が動き出した。
人前でみっともない射は出来ない。練習にも実が入る。

休んでいたときにも弓のことを考えていた。自分の悪いところを直すにはどうしたらよいか、先生に教えていただいたことを一つ一つ思い出して頭の中で弓を引く。
それを今、道場で実践する。

一射ごと、今の射は何が足りないのか、やるべきことで忘れてしまっていた事は何か。その確認の繰り返しの練習。
二週間ほどの練習(週二回だが)でようやく弓が体になじんできた。

今日は祝射会の当日。先生方に会えること、一緒に弓が引けることがうれしい。

追記)
祝射会は台風が近づいているにもかかわらず、青空の見える良い天気。道場の身内による会だが、支部長、会長、による挨拶をいただき、昇段した先生の言葉をいただく。
支部長により矢渡しが行われ、私たち会員による祝射、そして先生の答礼射。進行は慣れたK女史によるものなので遅滞なく進む。
答礼射の後は四矢4回の競射に移り、全員賞品がいただける。

結果は ××(射礼) ×○○○ ○○○○ ○×○○ ○○○× 13/18  2位

練習の成果もあり、復活としてはまずまず。これからもやるべきことを確認しながら体に覚えこませる練習を続けよう。