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杣人yumi

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弓道と楽しく向き合う杣人の弓道ブログ。お気軽にお立ち寄りください。

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糸魚川 道場訪問

11月のある日曜日、私の故郷糸魚川の弓道場を念願かなって訪問することが出来た。そのお話。

所要で帰省することになったのでこの機会にと訪ねてみた。実は糸魚川の弓道については何年も前から探していたのだが、市の弓道場がどこにあるのか分からず、弓道連盟の活動もよくわからないままだった。教師をしている知人に聞いても中学校や高校の部活で弓道部があるといういう情報も無かった。もっとも市のスポーツ課に尋ねればすぐにでも分かったかもしれないがそれでは面白くない。いつか知り合うきっかけが生まれるだろうと望みながら心に秘めていた。

きっかけはテレビ番組だった。
糸魚川は昨年の暮れに駅前から海側に向けて大きな火事に見舞われた。その復興の様子がテレビで報道されたのだが、その中に観光列車雪月花に食事を提供している糸魚川の老舗料亭鶴来家の様子があった。鶴来家も大火によって200年続く店を焼失したのだが雪月花に乗るお客様に懐石弁当を届けたいという強い気持ちで自宅に併設した調理場で営業を再開したのだ。見ている私も応援する気持ちが湧いて来る番組だったがその終わりの方の映像で鶴来家のご主人が子供たちに弓道を指導しているシーンがあった。体育館の中での体験学習のようなシーンだったが私にとって糸魚川で弓道連盟が活動していることを知る大切な映像だった。私の気持ちの中に改めて糸魚川の弓道を知ろうという気持ちが持ち上がってきた。

ネットで糸魚川の弓道連盟を探す。県連のHPに糸魚川もあるようだが、どうも要領を得ない。糸魚川弓道連盟の紹介というタイトルがありPDFにリンクが張ってあるが現れるのは新津の弓道連盟という状態だ。これは糸魚川に限らず新潟県弓道連盟としてHPの管理が上手く機能していないのではないかと残念に思う。
だがそんなことで足踏みしてはいられない。画像で探してみると糸魚川市の総合体育館の裏手に四人立ちの弓道場があることが分かった。糸魚川の弓道連盟はしっかりと道場で活動をしているのだ。

私は弓道場を訪ねてみたくなった。鶴来家に電話をしてみる方法もあったが少し遠慮も働いて総合体育館に電話をしたのは金曜日だった。電話口に出た女性は土曜日の夜は弓道連盟の方たちが練習をしているが日曜日は個人で使うので開いているかどうか分からないという。日曜日の朝に訪ねてみることにした。

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日曜日、車で糸魚川に向かう。東海北陸自動車道を北上すると右手に立山連峰を見るようになる頃には私の心は故郷で満ちてくる。山はところどころ白くなり、新潟県に入ると親不知の海は冬模様でヒスイ色をしている。助手席に乗っているパートナーさんは水上勉を読んだ事を思い出している。

糸魚川のインターを出てすぐの道を山側に向かい総合体育館に着く。何か行事をやっているのだろう駐車場はいっぱいである。
体育館の建物を回り弓道場に向かうと的がたっているのが見える。練習をしているのだろうと近づくと道場から人が出てきて垜に向かってゆく。入れ替わるように私は玄関を開け、見学を申し出、許可を得て道場に上がらさせていただいた。

道場では数人の方が百射会をやっているのだったが、ちょうど区切りのところで休憩に入りストーブを囲んで休んでいる。挨拶をして道場を訪ねた経緯をお話しししばらくお仲間にいれさせていただいた。

糸魚川では弓道場がなく糸魚川高校の体育館を借りていたそうで、平成四年に今の道場を作り練習をしているとの事。中学高校に弓道部が無く、高校生で弓道をやりたいという生徒も学校ではなく弓道連盟に通って練習をするが、後が続かない状態でなかなか弓道の普及が進んでいない様子だった。
故郷の弓道事情、少し寂しい気もするし何とかならないだろうかとも思うが、いかんせん他県の連盟の事である。
会員の方から今度は弓を引きに来てくださいと優しい言葉もあり、私も一度はご一緒に練習をしてみたいと思うがはたして叶うことであろうか。

故郷の弓道。これからの発展を願わずにはいられない。

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テーマ : 弓道
ジャンル : スポーツ

服織田神社の三段的

冬の匂いが日ごと近づいてきています。皆さんの所ではどうゆうところに感じられるのでしょうか。

今日は車で一時間ほどのところの街でお祭り射会がありましたので出かけてきました。以前大頭龍神社の三段的をご紹介しましたがこちらも同じ三段的の射会です。

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神社の境内にある三段的は垜も立派で、中段と上段のところにも人が立てるしっかりした垜になっています。その分上に行くにしたがって奥行きがあります。的が変わっていて通常の霞的ではありません。白い的に黒い線が二本。いつもと勝手が違います。

さて今日私がこの服織田の射会に参加したのには二つ理由がありました。
一つは前回大頭龍の三段的の時に普段練習している霞的(下段の的)が中らず、7中という不甲斐ない成績だったので今度こそはという思い。
もう一つはブログでご縁をいただいた神奈川県の先生にお会いしたいという思いです。先生とは一昨年伊豆のアヤメ射会でお会いしたのですが、その後は直接お会い出来ていませんでした。先日先生が静岡の草薙神社の三段的に出かけられ楽しまれたご様子でしたので、この服織田を御紹介したところ遠方にも関わらずお出かけくださるとのことで、お会いできることを楽しみにしていたのです。

朝、六時に起きて昼食用にサンドイッチを作り出かけます。一般道を使うと2時間かかるとカーナビが言うので家の近くのスマートインターから東名高速に乗り降りてからはお茶畑の中の道を抜けて1時間ちょっとかかりました。

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由緒正しい神社なのですが、建物はコンクリート製、同様の鳥居の前には大きな樽の賽銭入れが置かれています。お祭りなので神社の周りには出店がいっぱい並んでいて子供たちが嬉しそうに歩いています。

さて、今日の私の成績です。三段的は一手づつ順番に引きます。
一立目 下中 ○○ ○○
二立目 上下 ×○ ○×
三立目 中上 ×○ ×○    8/12

実は皆中を狙っていましたが、中っ気が出てしまい射が落ち着きません。大きく引いてすこんと割れる射を目指していたのですが、狙いが強い分離れが手先になっていて体が使えていません。昨日の練習のようにはいかないのです。
一緒に行ったパートナーさんにも指摘されてちょっと悔しい射会です。せっかくお会いした先生にもいいところを見て頂けません。他の先生からも中っ気が出ると射が小さくなって揺れてしまうとご指摘をいただいていたそうです。
まだまだ平常心の射が出来ていないのです。でも色々な先生にご指摘をいただけるのもこうゆう射会ならではの楽しみです。
神奈川の先生には他にも会が浅いと今の私のテーマを直球でご指摘いただきました。有難いです。

遠近競射には残って6位でした。

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お米の賞品を頂戴してちょっと慰められます。

弓道会の皆さん、一緒に楽しんだ弓友の皆さんに感謝します。
次こそちゃんとした射で良い成績を残したいです。さて、高尾山に行きましょうか。

ではまた。


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弓が届く

11月3日、今日は明治神宮での射会を楽しまれている方もいらっしゃるだろう。広い敷地内では野菜やお花の即売があったりもする。以前小笠原流の百手式も拝見したことがあったと思うが今もやっているのだろうか。

道場での練習に出かけようとしていた時に宅配便が来て弓が届いた。

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しっかりした段ボールの箱に入っているが、開けてみると感心するくらいに丁寧に梱包されている。
この弓は先生にお願いして購入した弓だ。弓師さんは先生のお好きな方、銘は御任せで強さだけをお伝えしていた。
先生がこの弓を気に入り推薦しているのは承知していたが、私は自分がまだその域にはいないと承知していたので先生にお願いすることは無かった。それが今年の初旬、先生から「弓を頼んで来てやるよ」と仰ってくださり、お願いすることになったのだった。
私にとっては光栄なことである。先生も道場のほかの人に「弓を頼んでくることにしたんだ。これでもっと中るようになるぞ。」と嬉しそうに何回も仰っていた。すると私も買って来てほしいと先生にお願いする人が出てきた。先生はそれもまた嬉しそうに「○○にも頼んでくることになった」とお話になっていた。

届いた弓をそのまま車に積み道場に向かう。
道場についてもすぐには開けず、練習を少ししてから頃合いをみて先生に電話をした。昼食後お休みになっている時間。道場に弓を持って来ていることを伝えると「これから行くよ」と仰ってくださる。
お待ちしていると先生がいらっしゃり、立てかけておいた弓に手を伸ばし弓巻きをほどき成りをご覧になる。私も初めて見る。
静かな良い形の弓だ。弦を鳴らしたりしながら何度も成りを見て先生は手から放そうとしない。
弓を手にしながら「○○が今度来るから見せてあげたいから道場に置いておいてくれ」と仰る。私はこの弓は道場に置きっぱなしにして先生にいつも見て頂きながら育てるつもりでいるのでその旨お伝えする。

しばらく審査の話や選手権の話をしていたがその間先生はずっと弓の下鉾を触っている。まるで弓が愛おしくてたまらないといったご様子だ。弓の購入をお手伝いくださるのも先生が信頼する良い弓を使って少しでも上手になってほしいというお気持ちだけなのだ。新しい弓が届いたからには、先生の思いに応えるよう一層の精進が必要だ。
弓と一緒に届いた弓師さんからの注意書きには弓を完成品に育て上げるのは弓を引く者自身だと書かれている。弓を知り育てる技量も身に付けていかなければならない。そうゆう全てを先生から学ぼう。
良い道具は使う人に色々なことを教えてくれる。その最初は縁だろう。先生を介して私と弓との縁が結ばれた。弓師さんも私がどうゆう風に弓を育ててゆくのか心配しながらも良い弓に育つことを願っていることだろう。そうした思いを胸に納めながら練習をしなければならない。

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審査後譚

先日当地区の審査が行われた。級位無指定から四段までの審査で今年の春に弓道を始めた中学一年生から大人までが集まる幅広い層の審査になる。当日は秋の長雨であったが550人近い受審者が集まった。私も係を命じられたので朝7時半に道場につき、幕張りや会場の設営、審査の進行のお手伝いを行った。

審査委員長の挨拶、審査委員の紹介の後演武が行われ、審査が始まったのは9時40分から。運営委員により審査の開始が宣べられ審査が始まる。私が担当していた射場は級位無指定からのスタート。最近射会で一緒になる中学生や高校生もいる。このクラスでは筈こぼれや弦切れの失も予想されるので行射から目が離せない。幸い大きな失はなかったが、弦に筈が嵌らず苦労している者もいた。おおむね射も体配も形は出来ているのだが退場があまり宜しくない。大前の位置を考えずに曲がってしまう者、落ちは本座の位置を意識せずに歩きすぎてから方向を変え退場口に向かう者がほとんどだった。まだまだ初心者だからと済ますのはいけない。正しく教えれば出来ることだから指導者が教え切れていないのだろう。
礼も同様で、どこに礼をするのかを意識していない。私の担当した射場は国旗があったので国旗に礼をするようにと注意するようにした。隣の射場は上座の審査委員に礼をするのであったが射場が狭く退場口に来ると審査委員の席は鋭角に位置する。射手は体をしっかり回すことなく適当に礼をするものだから私が担当する前の射場の方に礼をしたりしている。審査委員の先生方は退場もしっかり見ている。係の方に入場の際に注意してもらうようにしたところその後は直った。
査定や初段の受審者は経験も浅く入退場、歩き方など体配が表面的なのは仕方がない。それでも少しのアドバイスできちんと出来るのであるから指導者は普段から教えていなければならない。

さて、今回私と同じ道場で級位無指定を受ける人、二段三段を受ける人がいた。そのうち級位無指定の学生と二段の方について審査前の練習のお手伝いをさせていただいたので書いておく。
普段私は自分から教えたりしない。前にも書いたが“教えたがり”は百害有りと考えている。しかし道場で後進のお手伝いをすることも大切なこと。私はまず普段どうゆう練習をしているのかを聞き、本人たちが一緒に練習したいという意思を確認して始めることにした。
学生は中らないことに悩んでいるというし、二段の方も引き方に迷いがあるようだった。そこで「中るための基本」と称して次の四つを練習することから始めた。

「中るための基本」
1)的を正しく狙う・・・三重十文字と矢の平行(四重十文字・矢と体が平行で水平に引き分ける)
2)的に届く・・・矢束いっぱいにしっかり引く。ただし手繰ってはいけない。
3)矢筋に離れる・・・的・矢尻・筈をレーザーポインターで狙ったように一直線に結び、その延長線上に勝手を飛ばす。
4)中れ!という気合を込めて離れる・・・将来的には中て気は消すが、習い始めは気合を込める練習。

まずは中るための理屈を知ってもらい、中る楽しさを覚えること。中る楽しさを知れば自然と練習は出来てくる。と考えていた。初日はこの四項目を伝え、実際に大きく引くよう弓を執ったり二の腕のはりや肘の位置を確認したりした。体が弓に割り込むよう背中に触れたりもしたが、なかなか難しいようだった。
ただ、練習してみて気が付いたことだが、二人とも打ち起こしから引き分けがとても綺麗で弓がちゃんと垂直に打ち起こされ引き分けもバランスよく癖がない。会で軽いノじなりはあるものの矢は的の幅の内に飛んでいる。弓道教室で指導にあたった先生が上手に教えていると感じたし本人たちも素直に練習している結果だろう。

この最初の練習から二週間はお互いの都合が合わず一緒には練習しなかった。その間、自分たちで練習してもらうのと同時に私は「よっぽど上の先生が言われたら別だが、他の人が教えてきても聞かなくていいから」と言っていた。
二回目の練習日には次の事を伝えた。

「心に隙を作らない」
1)必要なことは全部やる・・・道具の準備と確認(忘れ物の無いように)。身だしなみの確認。
2)練習をしっかりやって自信を持つ
3)体配の練習は普段からやる癖をつける(体配は審査のために練習するのではなく、自分の心の在り様を確認するため)
4)審査の学科勉強(試験のために勉強するのではなく射の重要なポイントを学ぶためと知る)

二日目、入場が前回より格段に良くなっている。執り弓の姿勢も歩き方も良くなっている。その良いところを認め、誰かに習ったのかと聞いたところ五段の人が体配を一緒にやってくれたのだという。特別に指導を受けたわけではないが一緒にやることで身に着いたのだろう。本人たちも体配がやりやすかったと喜んでいた。上手な人と一緒に練習するというのはこうゆうことだと得心する。五段の人というのはとても真面目で私も一緒に練習していて気持ちの良い方だ。

さて二日目の射では
1)弓手の手の内は握らない。親指を伸ばし中指につけ薬指小指は軽く添える。
2)馬手のかけの使い方を考える。親指はかけの中で伸び、指を鳴らすときのように親指をはねて離す。

と教える。特に学生には手の内を教えるとともに弓力が弱いから狙いを上げて的に届くようにする練習を始める。いきなり狙いをつけるのではなく、左右平行にしっかり引き分けてから狙うことが大事だ。特に審査では鳥刺しの引き分けと思われてはいけない。まず引き分けが正しく出来ていることを審査員に見てもらいたい。そのうえで矢が届くよう狙いをつけるのは間違いではない。
馬手のかけの使い方はその人のかけの様子を見なければならない。学生は私が差し上げたかけを上手に使っている。二段の人は親指が内側に入り離れに苦労しているようだったので、親指を的方向に向けること、そのためにはかけ紐を審査席方向に張ることを伝える。これで少しは改善するのだが、練習が必要ですぐにというわけにはいかない。

一週間後、三日目の練習では
1)澄ましを練習して自分を見つけて解放する。
2)腹式呼吸を覚える。へそ下に手を当てながら鼻で呼吸する。
3)スクワットなどの筋トレ、ストレッチ、肩肘、膝まわりなどメンテナンスを行う。
4)執り弓の姿勢で目をつむり射法八節をイメージする。
心と体の調整だが参考程度にし、練習は二日目までの基本を繰り返す。あまりいっぱい詰め込んでもいけない。

さらに一週間後、四日目は審査前日である。
1)審査にあたっては心を落ち着けておしゃべりをひかえる。
2)たとえ不安があっても“これでやるんだ”“精一杯やるんだ”という決意を胸に臨む。

前日は体配をつけて確認の練習。心を整え仕上げをするばかりだ。雨の予報だったので弓の雨具なども忘れてはいけない。
審査当日は二人とも立派な射で合格をいただいた。
今回の合格は本人たちの真面目な熱心さの賜物である。私も一か月の間に四日しかご一緒していない。基本的なことは伝えたがいつも傍にいて一本一本指摘するのではなく、本人たちの主体性を重んじ自分で工夫することを信じた。級無指定を受けた学生にも狙いは自分で見つけるように言っただけだ。本当に素直に良く頑張った成果が実ったのだ。

さて審査では三段が受審者30人中合格者4名、四段も22名中合格者4名だった。掲示をし集金の作業をする前に審査委員長の先生と話をする機会があったので「厳しかったのでしょうか」と聞いてみたら「特に厳しくしたわけではなく、やはり内容だよ」とのこと。三段を受けると中らなくてはいけないとの思いから基本が崩れている事がある。二段までやってきた事が出来ていない事もある。と教えてくださった。
これは私が普段から言っていることと合致する。三段を受審する人にはどうしても中らなくては受からない、弓返りしなくては評価されないという気持ちが出て射が崩れてしまう人が多い。三重十文字、五重十文字をきちんと行うことで結果として中ったり弓返りがするのである。どこまでも基本をないがしろにしてはいけない。四段はさらに気合の充実や体配を見られる。これも普段からの練習によって培われるもので一夜漬けの練習では出来ない。

弓道の審査は何点取ったから合格、何が出来たから合格といった性格のものではない。普段の練習を通じてどこまで基本が身についているかが評価される。そうゆう目で見ると審査は引き分けと同じ会で伸び合うのと同じかもしれない。これで良いのだ、ここで中るのだと思って離すと矢は中らない。正しい引き分けで会に納めたら詰め合い伸び合いを意識してどこまでも伸びようとするとふと離れが生じて矢が放たれて的に中る。合格することを意識することなく、精一杯を演じることで評価をいただくものなのだろう。

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ジャンル : スポーツ

『道南に於ける弓道の歩み』 (再録)

You Tubeで阿波研造範士の動画を見たことをきっかけにした函館の弓道への探索は佐野様との出会いにより導かれるようにして実を結びました。しかし実はもっと不思議な縁を私に教えてくれたのです。
「函館と阿波研造」と題して今回再録をしたのは私の弓道が不思議な縁に導かれていることに改めて感謝したかったからです。

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お元気ですか?

当地はすっかり梅雨模様で、今朝も雨。風が吹いているので助かっていますが、じわっとした湿り気が残っています。

昨日、函館の佐野様から本が届きました。『道南に於ける弓道の歩み』という230頁を越す立派な本で、明治初期からの函館を中心とした弓道の歴史が細かく、丁寧に調べられ記載されています。
目次を見ると、函館にいらしていた指導者として阿波研造範士、大平善蔵範士、安澤平次郎範士といった大変な方の名前があります。また、函館近郊各地の弓道会の様子、学校弓道の盛んだったことが記載されています。
現在活躍されている弓人さんたちにとっても素晴らしい贈り物ですし、自分たちの先輩の様子を知り勇気づけられることでしょう。

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佐野様とのご縁はYouTubeに公開されている阿波研造範士らの映像が函館でのものであることに興味を持ち、ブログで記事にしたのが始まりでした。
函館の水産会社日露漁業の名前が映像にあり、実業団スポーツが盛んだった日露漁業に弓道部があった事も分りました。なんと私が住んでいた家のすぐ近くに会社の独身寮が1000坪を超す敷地にあり、その敷地内に武道館や弓道場もあったのです。

一連の記事はこちらです。

「日露弓道大会」 (2008年5月27日)
「日露弓道大会・・・その2」 (2008年6月25日)
「舘宗武範士」 「函館の旅・・・お土産(舘宗武範士)」改題(2008年10月9日)
「日露弓道大会・・・その3」  「函館の旅・・・日露弓道部(続き)」改題 (2008年10月10日)

私の拙い記事をご覧になった佐野様はすぐに連絡をくださり私の疑問に答えてくださいました。これが佐野様との出会いでした。

2008年10月、私は函館に帰省した折に佐野様にお会いしさらに詳しいお話を伺います。佐野様が函館を中心とした道南の弓道史を調査していることを教えていただき、調査中の資料も拝見させていただきました。また、函館の千代台にある弓道場にも出かけ、ちょうど五市対抗弓道大会の準備でお忙しいなか弓道連盟の方からお話を伺うことが出来ました。

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千代台の弓道場は昭和32年に舘宗武範士により建てられ市に寄贈されたもので50周年を迎え、記念誌が作られています。
中には、宇野要三郎範士による5周年(昭和37年)の時の祝辞や現全日本弓道連盟会長鈴木三成先生の若かりし頃の射(38歳)、鴨川範士の矢渡し、上田嘉一範士による巻藁射礼などが掲載されています。
函館の弓道が歴史に名を残すような大変な弓人によって築かれてきたものであることが良く分ります。

私は、函館で過ごしていた高校生までの時代に弓道に接する機会が無く、東京に出て家の近くにあった道場に入門するのですが、こうして自分の故郷の弓人さんたちと知り合ってゆく喜びを深く感謝しています。

さて今回の出会いでさらに驚くことが私にはありました。今回私を導いてくださった佐野様は高校生の時に弓道部を創設した方なのですが、実は私はその弓道部に心を動かされた一人なのです。
私の弓道との出会いは小学生の時バスの窓から見た白壁の道場でした。良くは見えなかったのですが、白壁の向こうで弓を引く姿が(想像だけかもしれませんが)私の頭に焼き付きます。こんな白壁の綺麗な道場での弓道はさぞかし立派なものだろうと小学生ながら思ったのでした。実はこの白壁の道場こそ佐野さんが高校に創部した弓道場だったのです。中学、高校と進むうちにわたしの心の中で何か自分を律するものを身に付けなければならないという思いが募ってきます。私は自分の弱さ甘さを何とかしたいと思っていたのです。
しかしそんな思いを抱えながら大学を出て私は社会人になります。そしてある時東京の弓具店に飛び込むようにして入り、「弓道をやりたいのですがどうしたらいいのですか」と尋ねたのです。それは心の中からの叫びのようなものでした。
弓具店の方はそんな私に「何処に住んでいるの?」と問い、「三鷹に住んでいます」と答えると「良い道場があるよ」とJ道場を紹介してくださったのです。こうして私の弓道生活が始まりました。

この全ての出発は佐野様が高校の弓道部を作り、私がその道場を見たことに始まります。そして長い年月を経て私の中で芽が出て弓道の世界に飛び込むのですが、今、ようやく私の縁が巡って佐野様のところに繋がったのです。なんとも不思議ですが嬉しいことです。これこそ弓道が導いてくれた縁だと私は思っています。しかも現在私は函館の弓道もよく知るS先生と同じ道場で指導をいただいているのです。
こんな不思議が私の周りには沢山起こっています。


『道南に於ける弓道の歩み』 佐野史人著 函館市弓道連盟編纂 素晴らしい宝物が誕生しました。この本により多くの弓人が思い出と誇らしい喜びを得ることでしょう。そして私と同じように弓道の縁を感じる人もいるでしょう。
佐野様の立派なお仕事と、応援協力をされた多くの皆様に弓道人の一人としてお礼を申し上げたいと思います。

(2009年6月24日)

今回をもって『函館と阿波研造』は一段落します。弓道と不思議な縁のお話。お楽しみいただけましたでしょうか。

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