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杣人yumi

Author:杣人yumi
弓道と楽しく向き合う杣人の弓道ブログ。お気軽にお立ち寄りください。

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審査の反省と新しい弽

仙台での定期中央審査を受審してきた。
仙台で受審したのは十年以上前になり、震災以降訪れた事は無かったので気の締まる思いを持っての再訪だった。東京時代は車で行っていたが今回は新幹線を乗り継いでいく。一緒に受審する友人と東京駅で合流しホテルに着いたのは四時過ぎ、仙台駅から西側は以前と変わりないようだが東側は開発が進んで風景がまるっきり違う。荷物を部屋に置くとすぐ審査会場に出かけた。
初めての地下鉄に乗り武道館のある駅で降りると広瀬橋が見える。日本で初めて出来た鉄筋コンクリート造りの橋なのだそうだ。函館には日本最初のコンクリート製電柱というのがあるので興味を持つ。

武道館に入り控室となる柔道場で審査の立順を確認する。第二射場で午後一番くらいの立だ。他の段位の審査も合わせ知り合いの名前を探す。夜は牛タンを食べて友人との時間を楽しむ。

審査当日、午後からの審査なので着替える事もなく開会式に臨み、吉本範士による矢渡しを拝見し、時間の来るのを待つ。審査の様子も入場を確認するぐらいで他の方の射を見たりはしない。巻藁練習をするが人数が多く二回だけやって戻り、控えの様子を見に行くと四番控えに番号が出ていたので準備して控えに入った。この間緊張することもなく呼吸も落ち着いている。天気も幸いして心配ごとがない。

控えが進み、私は自分の射を頭の中で確認しながら心を静かにさせようと吐く息で呼吸を整えたり、頭の中で「射裡見性」と唱えたりしていた。後で考えるとこれが少し災いしていたのかも知れない。
私達の立になり大前に続き入場する。一番の審査員の先生は私がお世話になっている先生でこの間の成果を見て頂くにはもってこいの場面だと思うが先生と目を合わせるのは避けようと思っていたら、二番目の先生の視線が目に入ってしまった。これが失敗だった。私の気持ちの中に先生の視線を意識する気持ちが起き囚われてしまう。結果甲矢は思うような射が出来ず11時に外した。乙矢はせめても楽しく引こうと思いやるがやはり失敗し1時に外した。全く自分の射になっていなかった。

道場での普段の練習では八割の的中、会も落ち着いてきていただけに本番の審査で見て頂けなかったのは残念だが全て自分の未熟、自分のものになっていなかったという事だ。反省し次の審査までに納得出来るよう作っていきたい。

審査が終わった夜。紹介された寿司屋に出かけた。カウンターだけの小さな寿司屋だが酒にあう一品料理が揃っていてホヤやガゼウニを頂きながら日高見の純米酒を楽しむ。近くにいらした男性客といつのまにか会話が進み観光に秋保神社を薦められた。
羽生結弦選手や田村諒太選手もお詣りに来るという勝負の神様が祀られているという。これは行かなければならないだろう。
という事で翌日レンタカーを借りて秋保へ向かう。小雨降る山道をドライブしながら神社でお詣りし、お守りを買う。秋保大滝やニッカウヰスキーの工場を見学しながら観光を終える。

家に戻り道具をかたずけていると、弽の親指の糸が切れて付け根が割れて開いていた。修理することにして新しい弽を使う事にする。関東では有名な弽師に作っていただいた弽で、今まで使っていたのと同じ作者だ。控えが硬く確りしているので扱いが難しいが、カケの形を理解しながら引き分けてくると意識しなくても鋭い離れが出る。引いていて楽しくなる弽だ。これからはこの弽をメインに使おう。

弓も頼んだ。冬に頼んだ弓が事情があってまだ出来てこない。そろそろ届くかなと思っているのだが、それとは別に以前から欲しいと思っていた弓を頼む事にした。友人にも薦めている作者のだから自分でも使いたい。
弓具店に出かけご主人と話しながら好みを伝え注文する。半年ぐらいは待たなければいけないかも知れないがそれも楽しみだ。

道具を新しくしながら練習を続けよう。磐石な心と技術で射が出来るよう練習をし自分の射を探しながら次回の審査で先生に見て頂けるよう頑張ろう。

おまけの話
審査会場に仙台の後藤弓具店が店を出していた。当地で一緒に練習する弓友さんから話を聞いていたので挨拶するととても喜んでいただいた。ちょうど矢筒の房が切れて石附も落としてしまっていたので買い求めつけて頂いた。自分でやれないの?なんて仲間に冷やかされたけれどお嫁さんに頼むとお姑さんに頼んで付けてくださったのだ。忙しいところ申し訳なかったがちょっと甘えさせていただいた。土地柄袴の生地なども紹介されていて次回来た時には色々小物も欲しくなった。
後藤弓具店さん、有難うございました。
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テーマ : 弓道
ジャンル : スポーツ

先生との練習

先日来練習に気合を入れている。もちろん審査や各種射会の為もあるのだが、先生がお元気になられ道場に居らっしゃるからだ。
ある時は頂いたという枇杷を、ある時はご自分で漬けたというキュウリの漬物を持っていらしては先生は振舞ってくださる。私も先生のお話を伺いながらお茶をいただくのだ。

そんな先生は今年で94歳。流石に歩く時は杖もつくが、射位に立って弓を引く姿は堂々としたものだ。10㎏の弓、遠的矢のように軽い矢を使ってはいるが胴造りは確りして引き分けは静かだ。そして中りを楽しむ姿は拝見していて考えさせられるところが多い。

先日、私が一人で練習していると先生がいらして控えで休まれていた。私が引いていると普段は呼吸も大変でああうう言いながら息をしている先生なのだが、全く声が聞こえなくなった。私は射位で気が気ではない。道場の中は全く音がせず私の矢が的に中る音しか無いのだが、次第に先生は大丈夫だろうかと不安になってきた。六本引き終わり矢取に行くときにちらっと先生の様子を見ると手の位置が変わっているから、あぁ生きていらっしゃる。と本気でほっとした。
次も六本引いたが、やはり先生は息の音をさせずじっと垜の方を見ている。なにも私の射に息を凝らして注目しているのではないんだとちょっと内心で思いながら、矢取から戻ると、
「的はあんなに大きいのだから的の何処に中てるかを考えて狙え。」と仰っる。やはり射を見ていらっしゃるのだった。

週末、教錬士会があり、私は中りが悪くようやく遠近競射に残って8位だった。するとその後すぐの練習日には「普段と同じように引けば良いのに」とお叱りの言葉をいただいた。私も不甲斐ない内容だったので恥じ入るばかりだが、先生の言葉に意を強くした。
先生は私に中りをノートにつけろと仰りだした。私は今まで自分の中りの記録をつけた事がない。しかし先生がつけろと仰るのだから付けない訳にはいかず、ノートを用意して的中を記録するようにした。
付け始めると8割前後の中りである事が分かり、先生にそう言うと、もっと中るはずだと仰る。そうなると一射一射外さないように考え確認して引くようになる。中りを保ちながらの練習だ。先生は黙って見ているだけ。
私が「先生、中りをつけていると外せなくなりますけど、早気になりませんか」と言うと「早気になれば2本ぐらい外してこれでは駄目だと思うから心配はいらない。早気にはならない。」と仰る。なるほど更に先のレベルの戦いを示唆しているのだ。

こうして私は先生の指導を頂きながら練習をしている。ここを直せ、あすこをどうこうしろという指導は一切ないが、先生の言葉の先にあるものの意味を考えながら練習をする。先生がいらっしゃるだけで、正しい射を、やる事をきちんとやる射をしなければと心に響いてくるので油断が出来ない。

昨日支部の月例会があり、20射18中で優勝することが出来た。最初に抜いた矢はカケの使い方を変えたらどうなるかと試したら5時に外した。次に外した矢は四立目の矢でこれは失敗の矢だった。それでも一射一射今何を気を付けているかを確認しながら引いてくる。月例会に先生はいらっしゃらなかったが、私は先生と一緒にいる気持ちだった。先生の視線を正に感じながら20射を引いていた。

明日の練習日、当地は雨の予報だ。先生がいらっしゃるかどうかは分からないが、私は練習をする。先生と一緒に練習をする。
今月最後の射会に向けて、そして7月の審査に向けて練習をする。

テーマ : 弓道
ジャンル : スポーツ

物見と狙い (右目で見る事の大事)

前回、胴造りと物見(頭持ち)の事を書いた。物見を安定させる事が大事でそのためには胴造りが正しく顔向けが毎回同じであるように練習する必要があるという記事だ。

今日その物見について練習をして得るものがあったので備忘として記しておきたい。
その前に少しおさらいをしよう。
昨年の11月、ある先生から私の狙いが間違っていると指摘を受けその場で的付けを直された。それは的を萬月に見るという極めて具体的な修正だった。私は一か月の間道場の仲間に的付けを見てもらったりしながら、自分の狙いを萬月になるように練習した。すると引き分けを変える必要が出てきて、カケの使い方が安定してきた。だが、狙いで萬月にすることはなかなか安定せず、何が不安定の原因なのか分からなかった。ある時友人との会話から利き目について思い当たり、自分の利き目を調べてみると左目である事が分かった。利き目が右と左とでは物の見え方が違い狙いも違う。でも、つい先日まで利き目の違いをどうしていいか分からないでいた。
そして、先日書いたように胴造りを動かさないこと、物見(頭持ち)を安定させることが狙いには大切であることに気が付き、その練習をしていた。そして本日の本題である。

胴造りの上に頭を確りのせ、物見をして安定させた。何回か注意をしながらやっているうちに物見をすると右目が的の中心と結ばれているのに気が付いた。まるで射法八節の図にあるように目から赤い線が出て的と結ばれているようだった。大三からの引き分けの時にわずかに頭が動いたり目に矢が入ってきて視線が揺らぐ事もあったが、練習を重ねながらそれらを排し、顔むけした時から的の中心から右目を外さないよう意識する練習を続けた。慣れないことなので右目が痛くなるほど意識を強くして的と右目を結んだ。すると、矢は目が見ているところに中るようになり、ほぼ的を外さなくなった。

休憩を挟んで、仲間に見てもらった。休憩を入れたのは体で慣れた中りではなく、頭で理解した行射で同じ結果を出すことが出来るかを試したかったからだ。見てくれた仲間は的付け通りの所に矢が向い、飛んで中っていると言ってくれた。
的付けが間違っていると指摘を受けてから半年。自分の練習に確信を得た喜びの瞬間だった。

一緒に的付けを見てくれた仲間は「右目が利き目の人は当たり前にやっている事が、左目が利き目だったために工夫が必要だったんだね」と言ってくれた。だが、私はそれも私の試練の一つ基本を知るための大切な修練だったと喜んでいる。友人も「今更ながらだけど基本が大事だね」と言う。全く同感だ。射法八節の図解を自分の体で理解することが出来、どれほど大切な事を示しているのか分かった。


夜、スポーツジムに出かけエアロビクスのプログラムに出た。スタジオは壁一面鏡で覆われている。そこで、休憩時間に鏡に向かって的正面の位置で立ち、会を作ってみた。弓手は肩から拳一つほど斜め前に向かって伸びる。すると弓手の位置は右目の位置にある事が分かった。つまり、右目、弓手、的が一直線上にあるのだ。この状態で馬手を矢筋に離し、弦が矢を真っすぐに押し出せば的に中るのは自明だ。離れで弓手が動く必要もない。
試しに左肩から真っすぐに腕を伸ばしてみると、的一つ後ろについている。弓手の位置で的一つ後ろであるから矢がそのまま飛んでいったとするとかなり後ろに飛ぶことになる。この狙いで的に中てるには体を思いきり前に入れるか中るように離れの瞬間に操作する以外にない。以前の私だ。これでは弓手が動いているのも仕方がなかった。

今回、狙いの修正が完成に近づいている。右目から赤い線が出て的を見ているのは慣れるまで辛いし目が痛いくらいだ。だが、正しい狙いを習得するにはこの練習を続けなければならない。利き目が左目から右目に直るのかどうかは分からない。しかし弓を引く際には右目で的を見る必要があり、修練を重ねて脳に覚え込まさせなければならない。何回も意識して練習し自然と右目で見ているようにしなければならない。


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ジャンル : スポーツ

メロン射会

近くの支部主催の射会に出かけた。6月はこの射会をはじめ四つの射会を予定していて、練習と同じ気持ちで注意点を意識しながら引けることを課題にしている。これは五月の射会の反省に基づいている。
生憎の小雨降る天気だが道場に着くとブルーシートでテントを作ったり支部の方が忙しくされている。

a19069.jpg  b190692.jpg

この射会の特色は、射位がお花で飾られていること。そして賞品が特産のメロンであることだ。東京の高級パーラーにも納められるメロンの産地。皆がメロンを持ち帰ろうと優勝を狙う。写真にある熨斗のついた四角い箱がメロン。

受付をすると立ちが遅いので、弓仲間さんとゆっくりおしゃべりをして過ごす。先日選手権の予選会で優勝された先生と体のメンテナンスの話をしたり、注目の仲間の射をみたり。見取り稽古も射会の楽しみだ。

今日の成績。
✕〇〇〇 ✕〇〇〇 〇〇〇✕  9/12  遠近競射 〇  9位

1立目 一本目を三時に外す。今日の課題の一つは一本目を入れることだったので悔しい。続く三本も的ふちで辛うじて中っているような中りで不甲斐ない。狙いはついているのだろうが馬手の離れが悪いのだろう。それでも辛うじて中っているのは今日は中り運があるのかと慰める。

早めのお昼を食べ、2立目 一緒にいた先生から残り詰めなければという話をしていたので注意して引いたが、一本目は12時に外す。そこで引き分けの組み立てに注意しながら詰合を丁寧に意識する。残り三本はやはり辛うじて中ってくれた感じで不満の残る中りだ。
他の人の射が進み、三立終って10中の人が4人。二立で6中の人が結構いるが四本詰めれば射詰競射に残れると分かる。

3立目 今回は一本目を外すわけにはいかないと気を強く持ち引き分けを丁寧にする。それには大三での馬手の力を抜くことが大事だと注意を払う。上手くいき12時の外黒の下に中る。気をよくして二本目もしっかり中てる。三本目も星に中る。
と、ここで場内に拍手が起こった、一緒に引いている女性が皆中したのだ。彼女も私と同中だから負けるわけにいかないと頭に浮かぶ。これが良くなかった。四本目を中てなくてはという僅かな思いが射を変えたのだろうか矢は真っすぐ9時に外れた。
退場して彼女に負けたよ。と言うと「私の最後は外れたよ。なのに拍手してくれた人がいて・・・」と。私は自分に負けたのだった。

最終的には10中の人が4人で射詰め。9中が8人、8中が8人と合計20人が賞に入る結果だ。遠近競射に臨む。せっかくだから良いところに中てて上位に入りたいと思う。大三から丁寧な引き分けを心がけ、会に入る。しかし離れがやはり馬手でぶれてしまう。かろうじて的には中るが全く不満の残る離れだった。

c190693.jpg  d190694.jpg

メロンは貰えなかったが、美味しいお菓子を賞品でいただき、少しは慰めとしよう。
反省点はやはり平常心。練習通りの射を安定して出せるかだ。狙いは目で見ているから決まったところが分かるが、馬手は感覚のところもあるので練習をして常に同じ離れが出せるようにしなければならない。
反省点がはっきり分かり、少しづつ狭まってきたことを喜ぼう。審査に向けて練習を組み立ててゆくのだが、その練習の場として射会を利用しているがその成果が出ていると思う。

雨の降り続けた射会だったが、主催支部の方たちが気遣いをしてくださり進行に不自由はなかった。弓仲間さんとのおしゃべりや自分への課題など私にとって内容のある射会となり、楽しい一日を過ごす事が出来た。
主催支部の皆さん、弓仲間さんに感謝する。有難うございました。

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不必要な事をせず安定させること (胴造りと引き分け)

最近練習をしていて中りが安定してきた。その理由を現時点で思うところを書いておこう。

先日から胴造りを直し、頭持ちを直した。頭持ちとは物見のことで、浦上栄先生の言葉で私は気に入っている。何故かは後で書く。
まずは胴造りだが、前回書いたように三重十文字は胴造りの基本で足、腰、肩の線がそれぞれ平行に重なってそれを脊柱が縦に通る。ところが打ち起こしの際に弓が体の前面で移動するため重心の位置が前に動く。これに対応して上体を少し移動させてバランスを取ろうとする。また弓を引き分けてくるときに弓に割り込んで入れと教わるから弓に肩を近づけ、時には上体が前のめりになってしまう人も見かける。これらの結果、三重十文字が前後で崩れてしまう。
私達の体は繊細なもので、重心や左右のバランスなどは日によって感じ方が違うくらいだ。だから執り弓の姿勢や歩行の練習をして自分の体の状態を確認することは大事だ。同じように引いているつもりでも矢どころが違うのは体のバランスに原因がある場合が多い。
三重十文字で体が前に動いたり、弓に割り込むつもりで体がつっこんでいたりしたら、体の安定と狙いに狂いが出てしまう。足踏みで足の親指を結ぶ線が的の中心に向かうように立つ。腰は左右の足を結ぶ線と平行に重なるように位置するが、重心は体型によって違うから各自で探さなければならない。両肩を結ぶ線も腰の上に乗るのだが、この肩の位置は非常に重要になる。なぜなら物見に影響してくるからだ。正しい狙いには正しい胴造りが大事だという事が第一の基本だ。

次は物見だ。物見は顔を的の方に向ける動作であるが、ごく自然に行うのが良い。ことさらに深く曲げたりする必要はなく、強いて注意するとすれば顎をひき首筋が垂直にあるようにするのが良い。これは首回りや肩の筋肉の付き方でその人の頭の回わり方が違うからでこの角度が良いとかここまで回せなどと言って決められるものではない。その人がごく自然に出来る位置、毎回同じに出来る形が望ましい。この物見が頭持ちという言葉と同じなのだが、物見というと見るという事に重点が置かれた言葉のように感じる。頭持ちというと頭全体の状態を表していて表現として私は好ましく思っている。引き分けてくる時に頭がそってしまったり、顎が上がってしまう人など様々だが、当然、狙いにも狂いが起こる。毎回同じ顔向け(頭持ち)が出来るようにして的の見え方を一定にしておかなければならない。
そして言わずもがなだが頭は脊柱から伸びて両肩を結ぶ線の上にある。だから顔向けを正しくするためには両肩を結ぶ線も毎回同じところに出来ていなければ的を見る狙いは安定しないことになる。
正しい狙いのためには、正しい胴造りの上に乗った頭を正しく回して的を見る事が第二の基本だ。

私は昨年から自分の狙いを正した。これに伴い、引き分けが変わり、胴造りが変わってきた。今、胴造りが動かず、引き分けて来た弓に的が萬月で会になるが、毎回同じように引くので矢がほぼ的の中に集まるようになっている。胴造りと物見を正した結果だ。

次に引き分けを考えて見る。引き分けでは大三に移行し懸る胴(体が的の方に傾く)や退く胴(体が右に傾く)の人が多い。やはり体の中心線を意識して胴造りが崩れないようにするのが良い。弓道誌の4月、5月号で久保田範士が書かれているが、弓手の手の内、馬手の手の内が硬いと大三に移行するときも手で持っていかれて胴造りが崩れる。体の中心線を確認するとともに手の内への配慮も必要になってくる。弓手の手の内は弓が落ちない程度の僅かな摩擦があればよく射手が自ら握るものではない。馬手もカケの弦溝がかかり矢の筈が外れない僅かな捻りで保持したらそれ以上の力は必要ではなく、逆に弊害になる。初心者は馬手を強く握ったり、必要以上に捻り過ぎて弦や矢に余計な力を加えている。弓構え取懸けで柔らかく弓手馬手それぞれを整えたら打ち起こしから大三に移行するときに三重十文字を意識すると同時に、手はそれ以上の力を自分でかけないように細心の注意を払らはなければならない。

大三では筋肉の働きに注意を払い体側から伸びた張りが弓手馬手双方の上腕に伝わるようにする。これは引き分けに際して肩甲骨の転回を支え働かせて行き会での詰合と伸び合いを作るためであるが、今回は深く触れない。
大三からの引き分けで大事な事は弓手馬手双方の形を変えない事と、力のつり合いを意識してバランスを保つことだ。大三で両手の手の内は完成させ、引き分けてくるにつれて強くなってくる張力を双方負けないように受ける。この時もやはり自分で力を入れて弓やカケを操作しようとしがちだが、弓手も馬手も受けるだけでよく、引き分けが進むにつれて強まる力によって双方の手の内はより完成してゆく。自分で力を加えるとせっかく大三で作った手の内が弓に抗する力となって崩れてしまい、働きが効かなくなってしまう。
つり合いは大三から会までの引き分けでどの位置にあっても弓手馬手双方が同じ力を感じられるように弓と弦を開いてゆくのであるが、この時も意識するのは体の中心線である。胴造りへの注意から中心線を意識することは指導の様子からも良く知られている。しかし、弓手馬手双方が同じ力でつりあう事はあまり注意を払われていないように思う。弓手は押せ、馬手は引けと言う風に習うからだ。しかしつり合いのバランスを考えると引き分けは押し引きするのではなく弓を開くと考えた方が良い。そして開くのは肩甲骨と肩関節の働きによるものであって弓手馬手の手先によるものではない。あくまで手の内は受けていて余計な働きはさせない。

引き分け時の弓手馬手のつり合いについて再度整理すると、弓手は手の内の形を変えないようにしながら弓からの圧にその都度同じ力で抗していて決して自分からかけない(弓と弓手手の内のつり合い)。馬手も大三でカケ口の感触を確かめたら矢筈をずれない程度にわずかに触れている状態で弦が離れない程度に捻れている状態を保持しそれ以上に矢や弦に力をかけない。カケ口と手首、肘は矢筋と同じ線上にあって引き分けてくるにしたがって弦に引っ張られてカケが抜けてゆくくらいのかけ方で良い。(弦と馬手のつり合い)。
そして弓手と馬手双方の力が均等にバランスがとれた状態を保ちながら脊柱の一点を扇の要のように意識し、肩甲骨と肩関節を用いて開いてくる(弓手と馬手のつり合い)。このようにして左右のつり合いを形成し、会に至る。
今回は角見の働きや離れについては触れない。

このように執り弓の姿勢から胴造り、取懸け、打ち起こしと運行してゆくとき、大切なのは不必要な事をしないことだ。胴造りでは腰や肩、物見の時に頭などは動く部分だが、動けば重心やバランス、狙いと全てに影響してくる。正しいところを見つけたら練習を重ねて不必要な動きを減らしてゆくことに努める。不必要な事をするから不安定になるのだ。
打ち起こしで大三から引き分けへの運行にしても、弓手馬手に不必要な力を加えないし、手の内も運行に伴って形が変わるような引き方をしてはいけない。つり合いのバランスも均等にすることで体の中で力を受ける事が出来るようになる。
このように不安定になる要素が何処にあるのかを考えてそこを安定させるように練習を工夫していくと、会に入ったときに詰合は自ずと出来ていて伸び合いが可能になる。

弓の練習で大切な事は段階に応じて幾つかある。初心者は先生に教えられたことを一つ一つ忘れずに意識して取り組んでいるかを自身に確認することだ。四五段にもなってきたら、弓の原理を考えながら弓矢の性能を引き出すための道具の使い方、体の使い方を学ばなければ進歩はない。そしてその時にいつも心に置いておくことは、基本とは何かという事だろう。
基本を求め、基本を自分に課す練習が大切だ。

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